WinterDanceから一部抜粋
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 杖を持つ青年は――見覚えのある顔だったのだろう――男に向かって声をかけた。
「誰かと思ったら、貴方ですか――佐々木和政。なるほど、貴方クラスの人間なら、ここに入りこむ手段だっていろいろ用意できるでしょうね」
「名を呼ぶな、貴様に呼ばれると反吐が出る」
「おやおや、ずいぶんな嫌われようで」
「ヒサシはどこだ、トレイル。貴様が居るって事は、あいつもここに居るんだろ?」
 黒い青年――トレイルは、含み笑い。
「こちらが聞きたいですよ、貴方がた〈西方協会〉にね」
「なんだと?」
 〈西方協会〉とは、民間団体の名称だ。〈人格波動〉の使い手は、民間ではまだまだ認められていない。未だに隠れて生活するTSは沢山居るのだ。
 〈西方協会〉は彼らを保護し援助する相互支援団体である。だがその性質上、この団体が一体どれだけの規模の団体であり、誰が主要メンバーであるかは公表されていない。実態の把握できない組織だといっていいだろう。大部分のメンバーでさえ、誰がどのように〈西方協会〉を管理しているのかわからないのだ。
 そして佐々木和政は、〈西方協会〉では珍しい、〈西方協会〉のシステム運営自体に関わる人間である。
 もともと軍人だった彼は、ある事件をきっかけに〈西方協会〉の為に働くようになった。
 トレイルはその経緯を知っているのだ。
「ご主人様はこの街に戻った途端、私の手から逃げ出されてしまったのですよ。最近おとなしかったから油断しました。貴方の主人達の方が、私のヒサシ様の行方をご存知なのではないですか?」
 青年は手に持っていたステッキを戯れに一振りする。
「まったく……貴方に出会った頃から、あの方は変わられてしまった。自分一人じゃ何もできないクセに、私の側に居ればいいのに、まるで死にたがるように外へ行ってしまう」
「ふざけた事ぬかしてんじゃねぇよ。アイツを殺そうとしてるのは貴様だろうが」
 嫌悪感を一杯に含ませた和政の言葉に、青年はニヤリと笑った。外見に不釣合いな、欲望をむき出しにした笑み。
「心外な。私はあの方を、神に等しき存在にして差し上げたいだけですよ」
「……例の機械を使ってか」
「もちろんです。ここへはその下準備に来たんですよ……貴方は?」
「別件さ。でも作戦変更だ――」
 浮かんでいた光の珠『陽の魔弾』が輝きを増す。いや、珠が一気に四つへ増えたのだ。更に八つへ。
「――貴様を殺す!」
「できますか?」
 トレイルの嘲りを打ち消すように、和政の手の中にあった大型拳銃が三度火を吹く。ジェネレーターが放つ対波動により銃声を消された特殊弾丸〈カブラ〉が青年の胸元めがけて飛び出した。
 〈カブラ〉は人工的に作られた〈人格波動〉を放つ巨大弾丸だ。その巨大さと威力に見合った反動が和政を叩き、ふんばった足元がズズリと後方へ引きずられる。
 同時にトレイルの杖が一閃する。杖の振りまいた白い光線が、空中に円と光芒の壁を作り上げる。
 今は失われてしまった魔術としての〈人格波動〉の発動。波動が空間を構成する超術式言語に干渉し、そのシステムを限定的に書きかえるのだ。物理法則がその魔方陣の放つ空間でのみ変化、固定される。
「!」
 トレイルの壁で停止した〈カブラ〉が、その身から放つ複合波動による熱で発光する。
「まだこんなオモチャを使ってるんですか? 残念ですよ、貴方には才能があるのに。候補者に名がのぼるほどの」
 トレイルは情けないといいたげな仕草で肩をすくめる。悔しそうに睨む和政に向かって
「そんな調子だから、ヒサシ様の足手まといになって、彼に女までとられてしまうんですよ、できそこないの複製さん。元型の和政の方がよっぽど使えました。野心家で、向上心があって、自分の部隊を見殺しにできる精神力。実に〈死神〉の称号にふさわしかった――」
「ゴチャゴチャうるせぇっ……アイツと俺を一緒にするんじゃねぇよッ!」
 和政の銃が再び、弾倉が空になるまで火を吹く。あえなく壁に止められる巨大な特殊弾丸。反動で吹き飛ばされる和政は、床に足を着いた途端、腕を振りかぶる。
「これでもくらえっ!」
 突撃を命じるように振り下ろされる和政の腕。明かりを提供していた球体の数個が、その叫びに呼応して飛び出す。様々な角度から、その中のいくつかはトレイルの背後に回りこんで一斉に飛びかかる。漆黒の闇の中を幾筋もの光が流星となって飛び交う。
「本当に情けない」
 トレイルの目がすっと閉じられる。口元にもう一度、あの欲望むき出しの笑みが浮かぶ。
「数少ない〈ギル・コレクション〉を持っていながら、この程度の使い方しかできないとは」
 突然。
 暗闇を光が切り開いた。
「!」
 トレイルに攻撃を仕掛けていた球体が、その光を受けて簡単に砕け散り、光の渦に消え去って行く。
 急な発光に和政の瞳が対応できずに痛みが走る。初歩的な戦術に惑わされたと察した和政の身体は、無意識に目をかばいながらも床に転がる。先まで和政の立っていた所を破壊する音と衝撃。
 トレイルが、受け止めていた〈カブラ〉を和政向けて放ったのだ。
 爆風に叩かれた和政の身体が軽がると浮いて床に叩き付けられる。その衝撃に耐えられず、大型拳銃が手を離れ床を滑っていった。
「く、そっ!」
 目を瞬かせながら起きあがろうとした和政の額を、冷たい物が止める。
「チェックメイト」
 間合いを一気に詰めた黒衣の青年。その手に握られた杖が額に食い込む。

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