WinterDanceより一部抜粋・改訂
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「ヒサシ様」
 ヒサシは、自分の〈人格波動〉を突破してやって来た人影に眉をひそめる。ドーム状に展開させたヒサシの幻覚空間は、そう簡単に突破できるような柔な造りをしていない。幻覚系の仕組み自体を理解していなかった純と違い、ヒサシはこの能力の長所も短所も知り尽くしているのだ。突破できるような幻覚は作らない。
「トレイルか」
「貴方の〈人格波動〉は特別ですからね。小さく使ってはいたようですが、きちんと特定し切れませんでした。申し訳ありません、お迎えが送れてしまって」
「……誰がてめぇなんぞ呼んだってんだ」
 大きく展開させていたヒサシの〈人格波動〉を察して見つけ出したのだろう。ヒサシが誘導役を渋っていたのは、今起こっているように、トレイルが彼の位置を特定してしまうのを恐れていたのだ。
「私が要りようではないと?」
「ああ、いらねぇよ。お前と一緒だと人死にが出る」
「それは誤解です、ヒサシ様」
「『様』づけはよせっていっただろ!」
「失礼しました、ヒサシ。ですが……人死にが出るのは、私のせいではありませんよ。貴方のせいです」
 ヒサシは〈人格波動〉を帯びた手をトレイルに向ける。掌から飛び出した赤の光弾がトレイルを襲う。
 トレイルはそれをあっさり、手にした杖で叩き落す。校庭に突っ込んだ光弾はトレイルとヒサシの足元を陥没させるクレーターとなる。蒸発した砂はガラス状になり、急激に熱せられた空気は突風となって皆を襲った。だが酒上純の能力によって強制的なダンスを強いられている警備団にとっては、救いの涼風となったやもしれない。興奮と怒りに頬を紅潮させる純も、ヒサシの前に現れた黒衣の男には気づいていない。
 気遣うように純を一瞥したヒサシを、トレイルの声が
「本当の事を言われてお怒りになられましたか……ですが、ヒサシ様。やっぱり貴方が悪いんだと思いますよ。全ての悲劇は、貴方が〈クラウドコレクター〉である事が発端なんですから」
 ニヤリと笑って見せる黒衣の天使。
 ヒサシは純達から目をそらし、トレイルをあらためて睨みつける。
 銀の髪が逆立ち、その瞳が、その左目が、ゆっくりと虹彩の色を変えて行く。真紅の色へと。
「貴方が、世界を変えられる力を握る貴方が、逃げ続け生き続けるから、みんな戦々恐々として死に急ぐんですよ」
「……それを煽っているのは貴様だろうが」
「貴方がおとなしく〈クラウドコレクター〉でこの世界を支配しないからですよ」
 ふっと、トレイルは目を転じた。
「そこの坊やは、なかなか素質がありますね。彼一人で〈クラウドコレクター〉の全能力を使っているに等しい。まだ小さな範囲ですが、磨けば貴方にも等しい能力を発揮できるでしょう」
 ですが――そうトレイルは続ける。
「やはり私が選ぶのは貴方ですよ、ヒサシ様。さ、私と一緒に行きましょう。ここは貴方にふさわしくない場だ」
「嫌だといったら?」
「あの少年を殺します。貴方の価値を脅かす候補者なんて要りませんから」
 ヒサシはトレイルを見つめつづける。トレイルは笑みを湛えているが、本気だ。
 もう何百年とつきまとわれてきたヒサシにはわかっている。この男が自分を傷つけ、絶望させるのを目的に行動している事を。その為なら顔色一つ変えず純を殺す事を。絶望した人間が望む世界――世界の破滅が彼の目的なのだ。その為の布石を何百年もヒサシの中に築いて来たトレイルだ、今更他の候補者に〈クラウドコレクター〉を起動されるわけにはいかないのだろう。
 ヒサシは見つめる。翼をもつ青年の、自分をもてあそぶ笑みを見つめ続ける。その執念の中に空恐ろしいく虚しいまでの情熱を感じる。
 そして――憐れむ。トレイルを、純を、己の運命を。
「……少しだけ時間をくれ。その後、一緒に行ってやる」

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