WAY TO GO
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 十年ぶりの、電話だった。
「観てもらいたいんだよ」
 誇らしげに、どこか恥ずかしげに、受話器の向こうで古橋は言った。
 安井はテレビの音量を下げながら「何の話だよ」と聞き返す。
「映画だよ。当たり前だろ? チケット送ったじゃないか」
 安井はレターラックを探って、それらしい物が入っている封筒を引っ張り出す。知らない映画会社の名前で来てたせいか、気がつかなかったらしい。
 おそらく、それが古橋のつくった会社なのだろう。
 中学生の娘は安井の行動をいぶかしげに眺めながら、せっかく下げた音量を元に戻してしまった。安っぽいドラマががなりたてる音は、古橋からの電話という現実も、十年ぶりだという事実も、何もかもが夢の中の様に塗り替えて見せる。ついでに、自分の娘だという少女の姿までも。
 安井は煙草で霞がかった部屋の光景に目まいを覚える。
 十年? 十年だって?
「なぁ、わざわざ電話したのなんか、お前だけなんだぜ? お前の事だから、念を押しておかないと来ないとおもってさぁ」
 「初メガホンなんだから」とおどける古橋に気付かれないよう、ため息をついた。
「……いつから、だい?」
 喉がカラカラに干上がっていた。
 娘が席を外した気配に顔をあげると、ドラマの画面はエンディングテロップへと移っていた。安井は急いでリモコンを掴むと、電源を落とす。
 ブラックアウト。古橋の声だけが、陽気。




 彼と会うのは……怖かった。
 今だからじゃない。ずっと、ずっと前、気がついた時にはもう――




 昔のこと、だ。
 彼はメロンソーダの中に、角砂糖を落とした。
「こうすると、泡が沢山出るんだ。……きれいだろ?」
 古橋は不振気味な仕事の話を遮るように、そんな事をした。安井の無言に、古橋は二つ目の角砂糖を緑の液中へ転がす。騒々しい程の音をたてて、炭酸は吹きあがった。上澄みが真っ白に曇ってゆく。
「売り込みなんて、やってらんねぇよな。……お前は営業だから当然だろうけど、俺は製作なんだぜ? なんで俺まで?」
 地方CMやワイドショーの再現ビデオ、社内研修用のビデオ。そんなものの製作を手掛けていた。
「封切りになった『八月の海で』、観たか?」
「ああ……あんまり、ピンとはこなかったけど――」
「そうか? 俺は面白かったなぁ」
 飽きてしまったのか、ガシャガシャと氷の音を立ててメロンソーダに渦をつくる。白い波頭がひしめいた。
「……でも、子供部屋のシーンは良かったよね。それと、音楽はいい感じにハマってたと思う。古橋は――」
「あ、俺もそう思う!」
 古橋は、なぜか勝ち誇った顔をしていた。
「俺も好きだけど、安井も好きそうだなって思ったんだよ」
「……」
 その言葉が、安井にどう響いたと思ったのか?
 古橋はそれだけで満足してしまう。いつだってそうだった。
「次は『サイレントサイエンス』でも観ようかって思ってるけど、古橋のお勧めって、あるか?」
「へぇ。俺はあの手、苦手だね。『フォアサイト』にするよ」
 趣味は合いそうで合わない。互いに何かを隠すように、いつでも途切れがちな会話。古橋は店内を眺め、安井は窓の外に目をやる。薄い青空。
 ……滴りそうだ。
「あ――」
 古橋のストローが跳ねた緑の染み。それはメロンソーダ。
 ……これは? 胸の真ん中から滴りそうなこの――
 今でも解らない。何かが溢れ、滴りそうだったあの日。




 それはノイズ。雑音。おしゃべり。いつだって、そうだった。
 目を見て話したおぼえはない。目を見て黙ったおぼえもない。
 逃げる視線。逃げる会話。逃げる。逃げる。逃げた。逃げた。
 逃げ続けた――




 通っていた店はカウンター形式だった。
 ぽつりぽつりと途切れがちな古橋との会話が、なぜかその店でだけはよくはずんだ。それが楽しくて、可笑しくて、嬉しくて、そこへ誘われた時だけは断らずについていった。カウンターの隅で、いつもにもまして語るのは古橋だった。
 とうとうと解かれる映画論。安井には解らない。解らなくても頷いてやる。
 古橋は、やっぱり、それだけで満足してしまう。こちらがどうおもっているかなど、考えないのだろう。いや、考えていても完結しているのか……。
 彼の中で全てが丸く納まっているのだ、安井も含めて。
 ……それでもいい、その店での主役は古橋だと、決めていた。
 趣味は合いそうで合わない。でも暇つぶしにつるんでる。どちらも相手がどうでもいい感じ。けだるくて、諦めていて、生ぬるい空間。それが古橋と安井の関係で、一緒にいるときの過ごし方だった。黙ったまま二時間過ごしたこともある。それでも互いに構わなかった。
 その関係が崩れる時こそ、その店の古橋だった。
 主役は古橋だ。同列ではない。相手がどうでもいい空間ではなく、他人のフリも出来ようがない。
 ……古橋の目はすわり、安井の心臓を握って離さなかった。
「ぜってぇ、独立してやるっ!」




 古橋がそういきまいたのは、遠い昔のこと。
 ……。
 チケットをポケットにいれ、十年ぶりに訪れた安井を迎えたのは真新しいビル。未練の残るまま娘に引きずられ、安井は会場へ向かう。
 あの店は跡形もない。跡形も、なかった。






 跡形もなかったのは、二人の空気。
 息がつまるカウンターでの空気。見てはいけないものを見た、その想い。
 だから怖かったのだ。
 すりぬける魅力と捕らわれた力が、真っ向から対立したあの空気が――




 「臆病だからなんだとおもう」と答えた時、古橋はカメラを構えていた。
 通行人にあわせてスライドしていくにファインダーに向かって、古橋は頬を膨らませていた。撮影を続けながら、小声で。
「馬鹿いうなよ。おまえみたいに図々しい営業担当者が、どうして臆病なんだ?」
「……勘違いしてるんだ、おまえ。俺がいつも――」
「おまえとなら大丈夫だと思ったんだ。おまえだけが、俺の話を黙って聞いててくれたし、肯定してくれた。ただの肯定だけじゃなくて、真剣に反対してくれたときもあった。おまえの意見は信用できるからさ、少なくとも今までは」
「……」
 ジィーとまわり続けるフィルム。雪がかからないよう、安井は古橋の側で、ボロボロの赤い傘をさしかけていた。
「期待ってあるだろ? 言ってもらいたい事とか言われたくない事、そのバランスって、うまく合う奴と合わない奴がいるだろ?」
「俺は違うよ」
「違わない。おまえとなら、大丈夫だって思ったんだ。俺のやり方も知ってるし、苦手な営業も得意な安井なら、って」
 古橋はレンズを覗いたまま。本気か冗談か。横顔では判断できないし、仮に本気だとしても、答えは決まっていた。
「うちの会社が、今のままで手一杯だって知ってるだろ? 古株の部類なんだぞ俺達だって。……おまえと会社を辞めるなんて、出来ないよ……」
「今すぐって話じゃないんだぞ? 会社起こすにしたって、映像にしたって――」
「何年たっても、辞められないよ」
 来年からはじまる、新しい家族との生活のためにも。生まれる子供の為にも。
 古橋は顔をあげて、通行人の流れを眺める。青いコートの襟を立てた。
「大事なのは……おまえ自身のことなんだぞ? 臆病だとかいうレベルの話じゃないんだ。おまえと俺で出来る事を、信じられないのかなぁ?」
「信じろっていう方が無理だよ」
 「そうか」と言った古橋の声は、どこか笑っていた。互いに顔を背けていたから、互いにどんな顔をしていたのか知らなかったが。
 安井は唇を噛んでいた。
 あの時、あの視線が合ったら――




 彼が怖かったのだ。
 夢を食って生きようとしている彼が。自分とは別の事で頭がいっぱいの彼が。
 関係無いはずなのに、ずるずると引きずられていく自分が。
 趣味は合いそうで合わない。お互い何か隠すように途切れがちの会話。
 それは互いの違いがつくった警告の時間で。
 趣味は合いそうで合わない。けだるくて、諦めていて、生ぬるい空間。
 同じ希望、同じ夢を隠し持ってていたのは二人とも知っていて。
 それでも――
 彼が怖かったのだ。




 決定的な瞬間は、すぐに訪れた。
 出張先に持っていくサンプルビデオの一本を会社に忘れ、取りに戻った。
 気がついた時間が時間で、製作会社といえどもさすがに人はいなかった。いや、製作会社だからこそ、こんな時間に本社に居るワケがない。
 ―が、古橋だけが残っていた。緊急の依頼に向けてテープの編集作業に追われていたのだ。もっとも、安井が尋ねた時はすでにカウチで大の字になって眠りこけていたのだが。
 帰り際サンプルテープを片手に編集室をのぞいてみると、見覚えの無いフィルムがかけられていた。
「……それ……どうだ?」
 慌てて振り返ると、横になったまま、古橋が天井を見上げていた。
「……売り込むために撮ったんだ……キャストは昔の知り合いに借りて……」
 まだ寝ぼけているらしく、声には力が無かった。
 別人の声のようなそれは、やっぱり別人のように見える憔悴仕切った顔もあって、答えるタイミングを見失わせた。
「……なぁ、どうなんだよ……」
 仏映画を思い出させるロードムービー。ぐるぐるとまわる淡い景色。ソフトフォーカスの中で、白い光を投げかける太陽。
 答えるよりも、何故か悲しくなって、安井は黙り込んでいた。
 唐突に背中で乾いた笑い声。安井はぞっとしながら振り返った。
 古橋――いや、その時はあの、心臓を握りつぶすような瞳をしていなかった。
 それは――違う――
「あぁ……もう、疲れた……もう嫌だ……」
 古橋と思われる別人は、天井に向かって呟いた。
「何やってるんだ、俺……」
 古橋らしくなかった。少なくとも、安井の知っている古橋らしくはなかった。
「……どうしてこんな事……どうして……」
「古橋?」
「……あぁ……」
「泣いてる、のか?」
 聞かなければよかった。古橋ならば、それに強がってくるのは目に見えていたのだ。そして……どこかで、その強がりを期待していたのだ。
 自身家の古橋に。
「……あぁ、泣いてるよ……」
 しまった、と思った。
 泣き言を言われるほど、この男に近付いた自分に。
 ……安心したかったのだ。この男だけは変わらないと。いつまでも、擦れ違っていられるという安心感。気持ちを受け取ってもらえないかわりに、気持ちを受け取らないですむ。厄介事を押し付けられるのはごめんだ。

 自分だけで精一杯なのだから。

 そうだ。この男に付き合っていられるほど、自分を押さえる余裕なんてないのだ。うだうだとサラリーマンという職にしがみつき、かないもしない夢を見る事を諦めようとしている自分。期待しようとする自分を殺し続けている自分。それを否定するのはこの男だけだ。だから――
「泣いてるよ……」
「やめろよ。嘘なんかついて」
 ――だから、この男が怖い。それなのに――
 上から覗き込んだ古橋の顔は、泣いてなどいなかった。訳も解らず、ほっとした。それでも古橋は固い顔で、どこを見ているとも言えない目で
「……泣いてるさ……嘘じゃない」
「なっ……!」
 突然、中腰のまま襟を掴まれ、しがみつかれた。踏みとどまる力もなく倒れ込む。
「ご、ごめん古橋―」
 言葉は続けられなかった。自分の体の下で、安井のシャツを握り締めた古橋の鳴咽が響いてきたからだ。
 あぁ、そうか。
 もう駄目なんだと感じた。擦れ違っている平和な時間には戻れないのだ。
 独立しようと迷走する古橋は、会社になりきろうとする安井とは別の存在なのだ。その古橋が、どうして自分なんかにすがっている? すがらせている?
 それほどに苦しいのか? それほどに捨てられないことなのか?
 それとも、すがられるほどに自分は――。
 すがられても構わないほどに自分は――。
 怖かった。このまま、古橋の夢に引きずられていく事が。
 怖かったのだ。知らぬ間に自分の中に少なからぬ好意を抱かせた、この男が。
 この、子供の様に泣いている自信家が。
 自分を頼ってくれた――それを嬉しく思いつつ、許せない自分。
 手の届かぬほど遠くにいるとおもっていた人間が、すぐ側で泣きじゃくっている事実。それは悪夢だった。擦れ違っていた心地よい空気が溶けてなくなる。
 優しくなることは出来なかった。慰めの声をかけてやることすら出来ない。
 そんな事をすれば「彼と自分」の境界が消えてしまうようで。
 古橋は唇を安井の胸に押し付けた。何度も何度も、ねだるように。
 安井は黙って、それを肌で感じていた。
 唇が這い上がり、重なった時も、黙って近づく、濡れた古橋の目を見ていた。
 終わりだと思った。駄目だと思った。
 理想を押し付けていたのだろう。
 だから同情することも出来ず、恐怖に身をゆだねて、古橋の苦悩に見て見ぬフリをすることしか出来なかったのだ。
 一人で立ち直れる。自分の出る幕はない。傍観できる相手としての古橋。
 彼の甘えが許せなかった自分は、どこにでもいる身勝手な奴でしかない。
 友達ではない。自己満足に浸るための人形としか相手を見てやれない。
 相手がどう見ていようと。彼の中で全てが完結していようとも。
 駄目だと思った。
 二人のいきつく先は、やっぱり近いようで遠い。
 ネガとポジ。同じ絵をもちながらも、遠すぎる。どちらかを選べば一方は失われてしまう。永遠に。
 唇が離れ、古橋はため息をついて「すまん」と呟いた。再び大の字に戻った彼を残して、安井もため息をついて部屋を出た。
 決定的な終末。ソフトフォーカスのまま、記憶に焼き付けられたのは自分の弱さと――自分への恐怖。




 最後に古橋は言った。
「マネージャー、どうしても頼めないのか?」
 安井は頷いた。
「無理だよ」
 これ以上、一緒にいる事などできない。一緒にいれば消されてしまう。
 家族のためにも、自分は残らなければならないのだから。
 古橋の言葉は、理想でしかない。輝きすぎて、見ることが出来ない。
 眩しくて、辛くて、悲しくて、自分が壊れてしまう。
 彼の為になら、全てを失いそうになる自分にかわってしまう――。
「すまない……」
 一言一言が重かった。




 最後の光景は、ぼんやりとした映像。寂しそうな笑顔。
 彼のつくったフィルムの様に、おぼろげになっている。
 そしていつか……消えると思っていた――
 この全ての想いは――






 初日だからか。舞台挨拶があったからか。安井の思っていた以上に人が来ていた。ついてきた娘は、どこかつまらなそうな顔をしながらも、熱心にパンフレットを読んでいる。タイトルもろくに覚えていないまま、照明は落とされ、静けさが広がりはじめる。
 古橋。この建物のどこかにいる古橋。
「どうしても観てもらいたいんだ」
 電話の最後に念を押して。声は少しも変わっていない。
 ストーリーはミステリー物。予定調和を無視する淡々とした世界観は、古橋の得意などことも知れない空間の見せ方とよく合っていた。
「どうしても観てもらいたいんだ」
 古橋。何を言いたかった?
 ……。
 映像。
 メロンソーダに角砂糖を放り込み――
 カウンター式の居酒屋――
 赤い傘。カメラを構えて、青いコートの襟を立てて――
 カタカタとまわる映写機。淡い画像。
 襟を掴んで、しがみついて――
 ……。
 何が言いたいんだ、古橋……?
 舞台挨拶に立った古橋は、さすがに十年の歳月には勝てず、老けていた。どことなく人が丸くなったように感じるのは気のせいなのか? 言葉には相変らずふてぶてしさが漂い、作品の紹介は、当たり障りの無いコメントで終わっていた。
 出演者達のコメントを聞き流しながら、安井は心の内で尋ねる。
 何が言いたいんだ、古橋?
 古くなった記憶を掘り出して見せて、俺に何を言ってもらいたい?
 俺になんて言いたい? 何を聞きたい? 映画批評か?
 おまえを切り捨てた当て付けか? 俺の世辞でも聞きたいのか?
 俺達が……互いに何も変わってないとでも?
 割れるような拍手で我にかえる。
 舞台の袖から現れたのは、見たことの無い男だった。
「マネージャーの見城君です。彼のお陰で、最後までスムーズに撮影できました。えっと……彼無しには語れない撮影でした。……ありがとう、見城君」
 古橋がはにかみながら紹介する。見城とやらはぺこりと、緊張の内に頭を下げている。
 彼が古橋のマネージャー。

 ちがう!

 その瞬間、安井は体が震えてくるのを感じた。叫びたいのを必死でこらえた。
 あの場所が、自分のいたかも知れない場所。古橋の隣の、古橋の世界の中。
「マネージャー、どうしても頼めないのか?」
「無理だよ」
 違う。
 本当は見ていたかった。古橋の内側を覗いていたかった。古橋の手が、足が、一歩ずつあの舞台に向かっていく姿を見ていたかった。
 本当は、消え失せてしまってもいいと思っていた。怖いもの見たさ。
 でも、自分は輝きを恐れた幽霊。今やただの道化。
 主を慰める義務を放棄したピエロ。存在意義を失ったピエロ。
 ……もういいだろう、古橋? これ以上、何が言いたい?
 とてもよく解った。自分が、本当は何を欲しがっていたのか。自分が恐れていた自分とは、一体なんだったのか。何故おまえが怖かったのか。
「――頼めないか?」
 互いに違う道を選んでしまったというのに。戻れるはずもないのに。
 何故こんな光景を俺に見せるんだ?
 俺のいないおまえの世界を、俺のいないフィルムをまわし続けて。
 これは罰なのか?
 疲れきったおまえの側についてやらなかった俺への?
「古橋……」
 未だに怖いのだ、彼が。あの、心臓を掴むような視線に魅入られた時から、安井は恐れていたのだ。
 彼の心一つで動く、彼に壊された自分の心を見せられる時を。
 自分が彼をどう思っていたのかを見せつけられる時を。
 それでも――
「古橋……」
 何故こんな光景を見せるのか?
 安井の祝福が欲しいだけなのか? だったらいくらでも言ってやる。泣きたいのならいくらでも泣かせてやる。だから、だから――
 だけど、今は――
「古橋……」
 違う道を歩いている。もう手に入らないのだ。彼との時間は。
 それぞれの道を歩むしかない。それぞれの世界で。
 視界はソフトフォーカス。フェイドアウト。
 そしていつか、ブラックアウト――




 そしていつか、この痛みも消えるだろう。
 十年前、別れたときの様に。それぞれの道を選んだ瞬間の様に。
 またいつか、今のように、輝きに恋い焦がれたとしても。
 古橋達は舞台の袖へ消え、観客達はざわめきはじめる。
 彼のいない安井の世界が、安井のいない彼の世界が、再びはじまった音。
「どうしたの?」
 娘が不思議そうに、目を擦る仕草を見ていた。



<終>








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