幸運の石 〜<September9>外伝1〜 その1
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 タカシノ・アキラという人物を知っているかい?
 知らない? いや、それはそれで結構。一応、大きな企業の会長らしいから、知ってる人は知ってるらしいんでね。確認してみただけさ。
 我々の業界では有名人なんでね。
 では、〈西方協会〉という組織は知っているかな?
 こちらは知らない人も多いから、気にしなくてもいい。アキラの作った自助組織の名前だよ。
 アキラは――もう数年前に亡くなったけどね――ちょっと変わった趣味の持ち主だったんだ。迷信深いってわけじゃないし、未来志向だったわけでもなかったんだけど、〈クローニング・ゲート〉に並々ならぬ関心を持っていてね。
 〈クローニング・ゲート〉ぐらいは知ってるだろ? 冬の大祭近くになると、夜空が真っ黒になるアレだよ。〈セプテンバー・ナイン〉って名前の隕石を落っことしてくる自然現象さ――ああ、そういえば、最近は出なくなったんだっけ? 十年以上前からない? ……良いんだよ、それぐらいの誤差なんて気にするなよ。
 アキラはその、〈クローニング・ゲート〉と〈セプテンバー・ナイン〉が大のお気に入りだったのさ。
 〈西方協会〉を作って、その中に天文学者やら物理学者やら、果てには怪しい錬金術師までお抱えにして研究させてたんだから。
 何のため? 〈クローニング・ゲート〉の向こう側に行きたかったらしいとは聞くね。噂の範囲でしかないけれど。もちろん、新規事業の為だとか、変な占い師に引っかかっただの、金持ちにありがちな道楽だとか、いろいろ言われているし、その全部が真実である可能性もないわけでもないしね。当人が死んでるんだ、もう誰も確かめられない理由だよ。本人だって、どうして気になるのかわからなかったかもしれない。
 そんな、ちょっと変わった趣向を持っていたアキラだ。
 〈クローニング・ゲート〉の向こう側からやってきた――いわば〈セプテンバー・ナイン〉と「同じもの」に興味を抱かないわけがない。
 ましてや、「向こう側から来た」と言い出す人間を、その人間が生活に困ってると聞いてほっとけるわけがない。
 まあ、世間一般では、そういう輩を「詐欺師」って呼ぶんだけどね。
 ただ、アキラは金も地位も名誉もあるから、小物の詐欺師がいくつか張り付いても、全く問題にしてなかったのさ。
 先に〈西方協会〉は自助組織だって言っただろう? 最初は研究機関だったかもしれないけど、今じゃ主に「そういう詐欺師」の寄り合いとして機能しているよ。
 かく言う私も、その「詐欺師」の一人ってわけさ。
 アキラとも何度か面会したし、楽しく話し合うこともできたな。
 彼が死んでからは色々事情があって関わりたくないんだけど、トレイル君が――同居人なんだけど、私と同じ「詐欺師」だよ――〈西方協会〉からいろいろとやっかいな仕事を持ちかけてくるもんだから、今でも繋がりが切れたわけじゃない。そもそも自助組織って事で、こちらも会費を払ったり、逆に助成金をもらったり、もちつもたれつの関係を保ってるもんだから、「そこをなんとか」って頼まれる仕事を断り辛いんだよ。
 私たちも、本業の雑貨商にしたって「向こう側から来た」事を売りにして商売してるしね。
 裏も表も、詐欺師そのものだよ。
 あくまで世間一般では、って話なんだけど。

 ところで、午前中〈西方協会〉に呼び出されて出かけていたトレイル君が、帰って来るなりしかめっ面でお茶を淹れてるよ。
 大きめのポットを用意してるって事は、彼一人で処理できる仕事じゃなさそうだ。私に頼み事がある時には、話す前に私の分の茶も用意するんだよ、彼は。
 いつもは私がハッパを噛んでぼんやりしてるから、お茶なんかいらないって知ってるからね。ま、トレイル君は気づいていないけど、いくらハッパを噛んでいても、こうやって簡単に観察するぐらいの理性が残っちゃうから困ったモンだ。自分が変わり種って事をこんな形で自覚させられる時が来るとは思わなかったよ。
 それしてもにトレイル君のあの神妙な顔つき。どうも断れるような条件もなさそうだ。
 ああ、面倒ごとは嫌だねぇ。
 「こちら側に来ちゃった」って事件と同じぐらい、厄介な事にはならないだろうけど。




 トレイル君はその昔、若くてカワイイ奥さんと結婚していた時期があって、その頃から少しだけ身なりに気を遣うようになったもんだ。
 その前の彼と来たら、身体の形の布を着けていれば服だと思ってたんじゃないかな?
 私たち二人はそもそも外見が何百年も前から変わってなくて――そうそう、「詐欺師」の言葉なんだから、話半分で聞いてくれよ?――私は三十ぐらい、トレイル君に至っては二十歳そこそこの顔だ。長い付き合いの私から見ても幼い顔立ちのトレイル君だから、あまり威厳らしい威厳は感じられないかもしれない。
 身なりに気を遣うようになっても、今回の仕事に合わせてとっておきの一張羅を引っ張り出してきても、カバーしきれない子供っぽい雰囲気はなぜなんだろうねぇ? まあ、それが彼のいいところかもしれない。
 私? 私はいつも通り。燕尾服。それと忘れちゃいけない〈紅月〉――私の師匠からの贈り物である杖。
 不思議そうな顔をするねぇ? 燕尾服を着ちゃ変かい? 私はこの服がデザインされた時、心の底から思ったよ。この服は私に着られるためにデザインされた型なんだって。私の一族の心を体現する、素晴らしいデザインだ。
 ああ、トレイル君が文句言ってるよ。目立ちすぎるって。確かに時代の変わった今となっちゃ、日常的に燕尾服を着てる人間なんてそうそうお目にかからないけれど。仕方ない、フロックコートでも羽織るか。防寒具なんて私には必要ないんだけど、こういう時の為に買い置きしてあるわけだし。
 トレイル君も美術商に見えるよう、一生懸命雑誌を片手にスーツとシャツ、ネクタイの組み合わせを試行錯誤しているようだし、その努力に免じて譲歩してあげよう。
 それにしても……私もトレイル君も、雑貨商の名目で美術品もたくさん取り扱って来たっていうのに、今更美術商のフリをするというのもおかしなもんだね。


 ところで、件の〈セプテンバー・ナイン〉の特徴を知ってるだろう?
 拾った人間には幸運を運んでくるって話さ。
 私たちみたいに、あちらからやってきた人間は幸福どころか不幸になった人間もたくさんいるっていうのに、石ころは幸せだっていうのもおかしな話だよね。
 アキラもそうだったんだけど、こちらの世界の人たちは、よっぽど〈クローニング・ゲート〉の向こう側が素敵な世界だと思ってるらしい。いやいや、前言撤回……アキラは私たちの事情や実情を知ってる分だけ、ちょっと違うけどね。それでも夢見がちと言わざるを得なかった。それが彼の良いところでもあったんだけど。
 話を元に戻そうか。
 〈クローニング・ゲート〉が発生しなくなって、当然、〈セプテンバー・ナイン〉も落ちてこなくなって――そうなると、何が起こるか、すぐにピンとくるだろう?
 わからないかな? 商売人ならすぐわかるだろ? 需要と供給の供給が絶たれたんだ。需要が高まる、希少価値が高まる――つまり、価格の高騰が起こる。
 それでなくとも、年に一度の騒ぎに、そして幸運を手に入れたい輩を相手に偽物が横行するほど人気のあった商品だ。
 それがどう頑張っても、これ以上増やせないなんてなると、どうなると思う?
 つまり、別の商品価値を与えてしまうのさ。目減りをしない価値をね。
 ある石は学術的価値を与えられて、研究機関に納められた。〈西方協会〉でも、一つは保有しているはずだ。
 ある石は好事家が後生大事に抱え込んだ。自分が納得行く金額になるまで寝かせるつもりだ。年を追うごとに、〈クローニング・ゲート〉が出現しない年が重ねられるたびに、価値は高まるからね。
 そしてある石は、見せ物にされた。
 公的私的を問わず、それぞれの博物館が大枚はたいて手に入れた品を時々一般に公開して、見物料を頂戴するってわけだ。目減りはしないし、見物人も幸運のお裾分けをいただこうって押しかける。結構な値段だったとしても、持ち回りで数年おきに開催すれば人も飽きずにやってくる。世代交代もあるし、子供の学習の一環として家族連れが来たり、団体客の集客も見込める。長い目で見れば十分回収できる値段になる。そこで、冬の大祭近くになると、客を取り合わないよう、持ち回りで展示会が開催されたりする。
 そこで、我々美術商の出番だ。
 うまい具合に近くの博物館で〈セプテンバー・ナイン〉の展覧会が行われているから、押しかけて、幸運の石を買い取る交渉をしてこようって話さ。
 そう。トレイル君が依頼された仕事って言うのが、〈セプテンバー・ナイン〉を手に入れることはできないかって話なんだ。
 無茶? そうだなぁ……確かにまだまだ稼げる品を簡単に手放すとは思えないね。〈西方協会〉の名前を出したとしても――博物館員なら知ってるだろう――代理で来たっていう私たちを信用するとは思えないよ、確かに。
 でも、物事には順序があるだろう? まずは本物かどうか確認しないと。
 手に入れてから偽物だったとなったら、労力に合わないからね。
 え? 答えになってない? いいんだよ、そんなこと。
 大事なのは、フェアプレイ精神なんだから。大怪我する前に、一度ぐらいは回避できるチャンスを与えてやるのが紳士ってもんじゃないかい?
 「詐欺師」の言葉じゃないかもしれないけどさ。




 そんなわけで、久しぶりに博物館にやってきたわけだ。
 先にも説明したけど、幸運の石の見物って言うのは、家族連れにはちょっとした人気があるんだよ。案の定、とても博物館とは思えない元気なかけ声がホールいっぱいに木霊していてね――ハッパが切れた上に数週間ぶりの外出でくたびれている身にとっては、頭痛どころかこめかみから血が噴き出すんじゃないかと本気で心配したよ。苛立ちで子供を殴りたいと思ったのは何十年ぶりだったろう。
 特に子供の団体客。あれは困ったね。どこの小学校かわからないけど、ヤマト君とやらがはね回った後転ぶわ、叱りつけるアイ姉ちゃんとやらのヒステリックな声だとか、引率の人物が煙草でも吸いに行ったらしく子供達が駆け足で探し回るとか……非常に騒がしくて見ていられなかった。どうにかならないもんかね、子供優先日とか作ってさ。
 件の石はもちろん、会場のど真ん中に設置されていた。その周辺に歴史やら科学的な説明とか〈クローニング・ゲート〉の疑似体験ブースが並べられている。それなりに退屈しないように気を遣われていから、客の流れも順調で、悪くない展示だったと思うよ。展示会最終日だったって事もあるけど、職員も手慣れていたしね。
 そんな客の流れの中で――おそらく、私の百九十センチの身長と百六十五センチのトレイル君の組み合わせは悪い意味で目立っちゃったのだろうねぇ。中央の展示物の前からなかなか動かないし。
 ところで、トレイル君は〈緑眼〉って道具を持っていてね。私の〈紅月〉と同じく、私たちの師匠がトレイル君に一人前の証に渡した片眼鏡の名前なんだけど、こいつがちょっと変わった眼鏡なんだ。
 一言で説明すると、測定器なんだ。
 トレイル君は、かわいい顔してるけど頭に血が上ると周りが見えなくなる男でね。
 師匠はトレイル君に、〈緑眼〉を通して自分とは別の世界がある事を教えたかったんじゃないかと思うよ。相手の体温や脳波、心音はいうに及ばず、表示を切り替えれば宇宙線の量なんていう変わった数値も教えてくれる。
 もちろん、〈クローニング・ゲート〉からやってきた物体が帯びているレイレン反応の量――あれ? この言葉ってこちらの世界じゃ使われてないんだっけ? まあいいや、そういうものがあるんだよ――なんかも測定できる。
 トレイル君は胸ポケットから〈緑眼〉を取り出して左目に当てて、件の〈セプテンバー・ナイン〉を測定し始めた。まあ、数秒もたたないで測定値がでたんだけど――その動作が博物館員には撮影か何かに見えたらしい。
 ついでに言うと、最初から不審な客だと目をつけられてらしい――心外なことに、私一人だけが。どうやら目つきが気に入らなかったらしくてね。一口に目つきといってもいろいろあるだろうけど、私の何がいけなかったんだろうねぇ? 出がけにハッパを五枚ぐらい噛んで来たんだけど、それが良くなかったのかな?
 そんなこんなで、飛びかかってきそうな職員を目の前にして、トレイル君が何度もつかえながら〈セプテンバー・ナイン〉を買い取りたい旨を伝えるんだけど、ハナから相手にされなくて。
 トレイル君としては、うまく買い取れるよう、翌日から必要なくても良いように展示会最終日を狙って来たんだけど――っていうか、そういう考えの甘さがトレイル君の良いところであり、いつまでも半人前なところなんだけどね――どう考えても職員が値段交渉に応じられるわけないだろうに。いくら財団法人の博物館だとはいえ、出資者の意向だってあるんだから。無駄なのはすぐにわかったよ。
 私? 私はトレイル君が目線で助けを求めてくるのを、知らんぷりする事に忙しかった。以上。
 職員が〈紅月〉を掴んで追い出そうとした時には、さすがに振り払ったけどね。相手にとってはただの杖、ただの武器に見えたんだろうけど、私にとっては身分を証明する大事な杖なんだ。あちらもあちらだ、振りほどいた拍子に、たまたま、拳が頬骨に当たったぐらいでムキになるなんて、人間ができちゃいないよね?
 そんなこんなで盛り上がってる職員さんとのお話は、全部トレイル君に任せておいた――だってそうだろう? トレイル君が〈西方協会〉の依頼でやってる仕事なんだから、私が横から邪魔しちゃいけないし。手助けしたら彼のプライドにも関わるし。
 相談? いや、それはトレイル君の計画の確認をしただけだから。最初から手伝うつもりなんてないから。トレイル君は交渉を進める時のアドバイザーとして、長年商売人をやっていた私の言葉が欲しかったみたいなんだが――なんせ最初から疑われていた私だ、しゃしゃり出て更に混乱させるような事はしないよ。今回に限っては。〈西方協会〉から何か言われると面倒だから。
 じゃあ、なんで付いてきたのかって? まあ……こういうトラブルにトレイル君が巻き込まれる姿を期待していた事は認めるけどね。ただそれだけだよ。
 そもそも、トレイル君が〈西方協会〉の名前を出した時の職員の顔ったら。「うさんくさい」から「敵意むき出し」になるんだもんなぁ。どれだけ誤解されてるんだ、あの組織は? 私の知った事じゃないけど。
 そうこうしているうちに、〈緑眼〉も〈紅月〉も取り上げられそうになったところを力づくで取り返した我々は、完全に不審人物だと結論づけられてしまってね。警備員から両脇を抱えられて裏口から強制退出させられたわけだ。
 とはいえ、トレイル君の顔は晴れやかだったよ。レイレン反応の数値が、本物だと認められる基準値に達していたからね。彼の成長を見守ってきた私も、トレイル君が興奮して窓ガラスの一枚や二枚粉々にすることを期待――いやいや、そんな惨事を引き起こさないで済んだ事に安心したし、今回の仕事的にはプラスの部分も大きかったんじゃないかな? 入場料を回収できなかった点はマイナスだったけどね。
 商売人たる者、無駄な出費はたとえ一銭でも抑えるべきだと思うんだ。今回みたいに報酬の金額が確定していない仕事なら尚更ね。
 これ、間違ってるかい?



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