幸運の石 〜<September9>外伝1〜 その2
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 博物館を追い出された私たちは、その建物の周辺をぐるぐる歩きながら今回の依頼について再確認した。
 先日呼び出されたトレイル君は、私たち「詐欺師」と〈西方協会〉の運営者――突き詰めればアキラの親族達になるんだけどね――との仲介を行っている、アキヒトから依頼を受けたんだ。
 アキヒトは元々、私たちと同じ「詐欺師」でね。
 ただ、こちらでの生活の為、それとタカシノ・アキラと同じように〈クローニング・ゲート〉の向こう側へ行くことを目指して活動する為に、アキラの仲介で後ろ暗い連中から戸籍を買ったのさ。どうだい、「詐欺師」らしいだろ?
 そんなんで、彼の昔の名前は忘れた……本当に忘れちゃったんだから仕方ないだろう? 今はアキヒトって名乗ってるんだからアキヒトでいいじゃないか。昔のことなんて気にするなよ。
 さて。アキヒトの依頼はこういう事だ。

 とある人物が、〈セプテンバー・ナイン〉を手に入れたいと申し出ている。
 依頼者の名前は言えない。だが〈西方協会〉に関係する人間なのは確かだ。
 報酬は実物を見てから。本物だと確認できたら、そしてその品の大きさに応じて報酬を支払う。
 ただし、即金はできない。だが支払いに関しては、全面的に、〈西方協会〉が責任を持って保証する。

 ついては、行動において、条件が数個ある。

 一つ目は、余計な騒ぎを起こさないこと。
 多少の荒事は目を瞑るとして――こんな事をいうって事は、アキヒトも普通の手段じゃ手に入らないって気づいていたんだな――人を傷つけたり殺したりする事は御法度。どうしても殺人行動を起こさねば目的が達成されないというのならば、報告し、回答があるまで待機すること。
 これに反した場合、〈西方協会〉は今後一切の支援を打ち切る。
 まあ、無難といったら無難な命令か。裏を返せば、そこまでの覚悟をして石が必要ってわけでもない事になるんだけど。

 二つ目は、数日中に対応して欲しいということ。
 現在、博物館にて〈セプテンバー・ナイン〉の展示が行われているが、同じように手に入れようと画策している人間を把握している。
 ある事情によってその人物の名前は明かせないが、〈西方協会〉としてはその人物が行動を起こす前に石を手に入れておきたい。早ければ早いほど良い。
 条件その1と照らし合わせてみるに、その人物は〈西方協会〉にとってまだまだ利用しがいのある人間なんだろう。殺されるなんてもってのほか、相手の経歴にも変な傷をつけたくないようだ。

 三つ目は、この私をトレイル君の仕事に同行させる事。
 〈西方協会〉は自助組織なので、働かない者に助成金を与えるわけにはいかない。トレイル君の協力には感謝しているが、実績を残していない私に対し、助成することを疑問視する輩がいる。なので、形だけでも行動した記録が必要である。今回の件は、年始にある調整会合に間に合わせる事ができる、最後の機会である。
 アキヒトとしては、自分の受け持つ地域から、〈西方協会〉本部に目をつけられるような人物を出したくないんだろうねぇ。
 トレイル君の言い分としては、もしもの時には私に頼りたかったとの事だが……いや、頼られるのはやぶさかではないのだけど、なんだか気にくわないねぇ。
 確かに〈西方協会〉にはトレイル君がお世話になってるのかもしれないけど、私は世話になった記憶も覚えも無いんだからね。
 まあ、これも世間のしがらみと思ってガマンしよう。
 適度のしがらみは、長い人生の良きスパイスだからね。




 もちろん、博物館周りをぶらぶらしながら確認したのは、依頼についてだけじゃない。
 事前に調べた周囲の地形と道路事情、周辺地域の人口密度だ。
 この博物館は、地域活性化を目指して区画整理された再開発地域の一部に立っていて、遊んで学べる区画となっている。文化施設や公園が隣接していて、おまけにそこそこ広い駐車場まで設置されている。幸か不幸か、行政側が企画して民間会社が運営してるタイプの建物が多い。ぼちぼちと住宅街らしい形が整い始めた場所柄もあって、未だコンビニすらない。看板はいくつかあるけど、夜間ならまだまだ寂しい場所であることが明白だった。
 感想を一言でというならばこう答えるね――『襲撃して欲しいと言わんばかり』。
 形成途上の都市としてはいかんともしがたいなぁ。タイミングが悪かったと言っても良い。
 もちろん、防犯設備は整っているのだろうけど、機械なんて技術さえあればいくらでも誤魔化せる。いや、技術までは言わない。適切な道具とその使い方さえわかっていれば、十歳の子供だって出来るはずだ。マッチを擦れば火が付くぐらい、同じぐらい簡単にね。
 そもそも防犯の一番の要は、カメラだけでも警備員だけでもなく、もっとも普通を見慣れている通りすがりの一般人の目のはずだ。なのに、ここにはそれがない。普通と異常の境を見分けられる目って言うのが、一番のプレッシャーであるべきなのに。
 こんなんじゃ、警備の方法も時間帯も限られるはずだ。カメラと外灯と門番と移動中の運転手、ボディーガード……大きさはともかく、そこそこ高価な〈セプテンバー・ナイン〉なら極秘で移動するだろうし、ここから出発した後の人間だけなら最小限になるだろうから、片手で数えられるんじゃないのか?
 ああ、やだやだ。
 十中八九、我々の見えざるライバルも同じ事を考えるよ。
 この冬の寒い夜の中、暗闇でばったりデートなんて勘弁願いたいモンだが、そうもいかないだろうね。



 そんなことをアレコレ話し合いながら、トレイル君と一緒に喫茶店で時間を潰した。
 トレイル君はしきりに話の内容を変えたがったけど――襲撃内容が漏れるのを恐れてたんだろうね。
 まあ、一般人は防犯の話なんて、フィクション程度だと思ってるから。ましてや、目の前の人間が強盗だとは思わないさ。真っ昼間から、人の出入りの多い喫茶店で、本当に行動するべき計画を語る阿呆がいると思うかい?
 いたとしてもね、普通の人間はそういう人種を強盗だとは思わないもんさ。そうだなぁ……建築関係者、防犯設備会社、警備員、それと警察ぐらいかな? イベント会社とか、いろいろ理由をつけて納得するもんじゃないか?
 だから私は気にせず話してたよ。
 トレイル君は人の目を気にしすぎなんだよ、昔から。だから、手紙を書く時なんかにはやたらと時間がかかるんだ。
 とはいえ、たまに外もいいもんだね。
 見覚えのないファッションや話題を耳にすることもできるし、いろいろと思い出す事柄もある。トレイル君といろいろ語れたことも良かったかな。普段はあまり会話らしい会話はしないもんでね――互いに、どんな時にどんな行動をとるのかわかってるから、話す必要がなくて。
 長い付き合いってものも、ホント、考えもんだよ。全く刺激がなくなるからね。
 せめて景色が変わればいいのに。昔みたいに、旅から旅の生活に戻ってみたいもんだ。
 〈西方協会〉の世話を受けている今のままじゃ、到底無理な話だけどね。
 ……いや、お金がないわけじゃないんだ。前にも言ったけど、しがらみってやつがいろいろあるのさ。



 そんな風に適度に時間を潰して、地図を確認。
 つまり博物館から出て、閑散とした都市部を抜けて、山際を渡って走るバイパスから高速へ。
 下見と十分な検討を重ねた結果、そのルートが一番可能性の高い方法と踏んだ私たち二人は、薄暗くなってきた頃合いを見計らって、襲撃場所として最適と睨んだ場所――バイパスへ向かうの道へと移動した。博物館から三キロほど離れた地点だ。
 そこは何もない住宅街と隣町の境にある場所で、都市計画の一端として早々に作られた鉄道路線が走ってる。まだまだ運行本数の少ない線路だけど、後の利用者数を考えてか、立派なガードが出来ていたんだ。山間で、ちょうど橋を架けるように路線があって、ちょっとしたトンネルぐらいの、車二台分ぐらいの幅はありそうなガード下が。
 少ない人数で襲うには、最適だと思わないかい? 何らかの手段で前後を塞げば――例えば大きな丸太が一本転がってるとか、ね。 え? そんな丸太どうやって調達するかって? それは「詐欺師」の腕の見せ所だよ――簡単に閉じこめられるし、下手な犠牲者を出さずに済むし。
 そんな事を考えた上で、私はガード脇から続く土手にのんびり腰掛けながら待ってたのさ。トレイル君の〈緑眼〉を使って〈セプテンバー・ナイン〉のレイレン反応がどんな行動をとるかトレースしながらね。
 一つだけ断っておこう。
 トレイル君って奴は、私と違って荒事が嫌いでね。キレると怖いんだけど、普段はがっかりするぐらい慎重な男なんだ。どうしても――今回みたいな非道徳的な行動を取らざるを得ない時だって、出来るだけ穏便にすまそうとする。
 全く、つまらない奴だと思わないかい? せっかく、力一杯身体を動かして暴れても良いって機会に、そんな制限するなんて。むしろアクシデントを呼び込む為に、無策で挑んだ方が面白いと思うんだけど……私だけかな? いや、アキラはわかってくれるさ。彼もそういう意味じゃ社長らしくなかったもんな。その分、アキヒトが苦労していたみたいだけどさ。
 話がそれちゃったね、すまない。まあ、要するに、トレイル君は私がそんな事までしなくて良いって言ってるのに、足止め用の丸太やマキビシなんかどんどん用意しだしてね。
 え? 「手ぶらで来たのにどうやって」って? ……そんな野暮な事、重ねて聞くなよ。「詐欺師」だからってさっき言ったじゃないか。
 そんなんで、彼があんまり慎重かつ臆病だったから、私も腹を立ててね。無理矢理、彼の準備した諸々の品を片付けたし、もしもに備えて気を配っていた周辺の見回りも、ガード脇に強制的に座らせて止めさせたり。
 だからね、その後に起こった出来事について、全面的に責任があるのは私だ。
 彼があのまま周りを調べていたら、すんなり発見していたかもしれないんだからね。
 ただ、一つだけ弁解させてもらえれば、下手に手を出さなかった事が、最終的には良かったかもしれないって事。どちらにせよ、我々も足止めの準備をしていたんだから。どちらを使ったか、どちらの方が混乱を最小限に抑えることが出来たか……そう考えると、途中までは「奴」のやり方に乗って行動できたのは、双方にとって幸運だったんじゃないかな?
 ん? もったいぶるなって? そう急かすなよ。ちゃんと話すって。せっかちだな、君は。一体、誰に似たんだろうねぇ?


 さて、運命の時は来たり――とは言ってもまあ、そんな大げさな話じゃないけどさ。
 トレイル君の、少し緊張した合図と同時に、私にも運搬トラックのライトが見えだした。例の小石だけじゃなく、展示物全般をまとめて運び出していたから、そこそこ大きなトラックだったよ。あれよあれよという間にガードに進入して来て、私が音と光、そしてトレイル君が〈緑眼〉で察知している距離を見てタイミングを計っていた時――運搬員だけではなく我々にとっても突然、破裂音が響き渡ったんだ。
 それも、あと数瞬遅ければトレイル君が丸太を転がそうとしていたっていう、ガードの真ん中に車が差し掛かった、絶妙なタイミングで。
 もちろん、前にも言ったけど「暗闇でバッタリ」を想定していなかったわけじゃない。だけど、〈西方協会〉が警戒するような敵とやらが、我々と同じような手段で、同じ場所で、同じような人数でやってくるとは思わなかったんだ。そんな少人数なら、〈西方協会〉がいくらでも懐柔するなり壊滅させるなりできたはずだからね。誤算であったことは認めるさ。仕方ない。
 我々が座って待機していた場所はガード脇の土手で、電車も車も眺められる位置だったんだが、破裂音はガード脇直下――つまり、ガードの真上から起こった。そして丸められた絨毯が広げられるように、バサバサと草花を張り付かせた霞網が落ちてきた時には、さすがにこの私も目を疑ったね。トレイル君なんてしばらく口が開きっぱなしだったし。いや、こういう驚きがあるから人生少しはマシに感じられるわけだが。
 我々も驚いたが、運転手達はもっと驚いただろう。急ブレーキの嫌な音が響いて、霞網を少しばかり引き千切ったところで急停止。
 ところが息継ぐ間もなく、トラックのあちらこちらから真っ白な煙が噴き上がったから堪ったモンじゃない。
 バラバラと飛び出してくる作業服の運搬員達――八人ぐらいだったかな? 煙は薄めの催涙ガスだったらしくて、みんなボロボロ涙をこぼして咳き込みながら逃げだそうとしたんだが、一人――端から見てる我々には、最初からそいつが怪しくは見えていたんだよ。だって最初からガスマスクしてたんだから――荷台に飛び込んだかと思うと、救命箱を取り出して、中に詰められていたガスマスクを皆に配り始めたんだ。
 あまりに素早くて的確な反応で、普通なら怪しいと思えるんだろうけど……パニックに陥っていた作業員達は、ガスマスクを渡す男が部外者だなんて思いもしなかったんだろうなぁ。案の定、ガスマスクを着けた運搬員達は、逆にバタバタ倒れて悶絶していってね。酸素と一緒に眠り薬でもしこんでたんだろう。最後には静かになっていった。
 そうなってしまうと、この一連のトラップを仕掛けた人間が誰だかわからなくとも、〈セプテンバー・ナイン〉を持ち出すには今しか無くなってしまう。嫌でも〈西方協会〉のいう「相手」を前にするしか無くなったんだ。私も面倒だと思いながら、まだまだ唖然としているトレイル君を小突いてから、トラックに駆け寄ったってわけさ。
 無謀? いやいや、相手は私たちに気づいていないんだから、すばらしい奇襲だと誉めるところだろう?
 その頃には例の煙幕も薄れてきていて、ガード内に設置された外灯で視界も確保出来ていたし――我々と同じ場所で同じように襲撃したって事は、相手も少人数だと思われたし。なら私やトレイル君でも十分対応できると思っていたのさ。
 惜しいことをしたなぁと思ったのは、久しぶりにやってきた大暴れの機会に、私のハッパで霞がかった脳みそが対応し切れてなかった事だけど。あんな楽しい事が起こるとわかってたんだったら、三日前からハッパを抜いておいたのに。
 駆け寄ったトラックの荷台からは、ジェラルミンケースを抱えたガスマスク男が飛び降りようとしていた。
 まず私が驚いたのは、男の身体つき。一言で表現すれば、若すぎたんだ。首筋の細さといい、痩せた手の甲といい、肌の張りといい――どう見ても成人した運搬事務員じゃなかった。十代の身体だったんだ。
 相手も私の格好――ああ、その時にはもう人目を気にする事も無かったから、コートは脱いで燕尾服だったんだよ――に驚いたらしくてね。少しの間だけ動きを止めたんだ。
 自分で言うのもなんだけど、非常事態に非常識な格好の大男が出てくれば、そりゃまあ確かに、普通は驚くだろうねぇ。声をあげなかっただけでも、「奴」は大した度胸の持ち主だと思うよ。
 その隙をついて、〈紅月〉で――私の杖の名前だよ、忘れたかい?――思いっきり腕をぶん殴ってやったんだ。左腕。
 私がもう一つ感心したのは、「奴」がこれだけ周到に準備しておいて――我々の情報はあったのかな? あったにせよ無かったにせよ――作業服の下にプロテクターを着込んでいた事だね。私が思いっきり殴ったら、普通だったら折れているんだけど。
 それでもさすがに痛かったと見えて、ケースは取り落とした。
 私的にはそれで満足したんだけど、後からトレイル君にこっぴどく怒られたなぁ。石が割れてたらどうするんだって。いや、どうもしないと思うんだけど。報奨金が多少目減りするだけじゃないか。大体、今回の仕事はお金の問題じゃないんだし――もちろん、多くもらえるに越したことはないけどさ。
 そして確か、落としたケースにトレイル君が悲鳴を上げた時だったな。
 私がそちらに気を取られた瞬間を狙って、今度は荷台の上の「奴」が、私の肩を思いっきり踏みつけたんだ。
 ああ……やっぱり、何度思い出しても腹が立つな!
 あいつは私を踏み台にしてトラックから飛び降りたんだよ!
 私の背後に降りたと同時に、足払いを仕掛けてくるし!
 ……いやいや、さすがに足払いはかわしたよ。上の攻撃の後に下を狙うのは戦略的に基本中の基本だし、十分予測できたからね。そこまではぼーっとしてないさ。ひょいっと飛び上がって、足下の件はおしまいさ。
 お返しに〈紅月〉で横っ面を殴ったんだけど、体勢が不安定だった上にガスマスクのせいであまり効いてなかったみたいだ。
 跳び下がった「奴」は、作業服の腰につけた道具箱から掌より一回り大きなぐらいのナイフを取り出してきてね。なかなか立派な鎧通しだったと記憶してるよ。あの痩せた腕で、よくもまあ、あのスピードで振り回せたモンだと感心したもんさ。上腕の筋肉だけじゃなく、手首の力も相当強いんだろうなぁ……後で奴さん、投げナイフも使ってきたんだけど、コイツも手首だけで相当のスピードが出てたしね。
 その後はもう、あまり詳しく覚えてないんだ。すまないね。
 余裕が無かったんだ。
 考えてみてくれ。二メートルと離れていない場所に立ってる男が、刃渡り二十センチ程度の殺傷力の強い刃物を猛スピードで振り回してくるんだ。先にわかってるとおり、体術も心得ている。バネもカンもいい若者だ。
 対する私は、どうにもハッパの効果の抜けきらない、荒事のカンも取り戻しきってない、身体だけ三十歳の引退同然の男だぜ? 獲物は一メートル弱の長い杖だ。ナイフのコンビネーションを防ぎきる為に振り回すだけで精一杯だってわかるだろ? それだって、普通の人間より少しばかり筋力と動体視力の良い我が一族の体格があってこその技だ。ただの人間じゃ、あれを杖で止められたとは思えないね。
 トレイル君は私の加勢をしようにも、「奴」が私に密接してくる事で、私ごと攻撃してしまうんじゃないかと怯えて何もできなかったし、私は私で、コンビネーションの合間に投げつけられた小刀が――コメカミをかすめていった一刀なんて、ホントに怖かったさ!――私の背後のトレイル君に当たってしまうんじゃないかとヒヤヒヤしてたし。
 そもそも、ナイフの一振り一振りが恐ろしく正確なんだ。的確に急所を狙ってくる。裏を返せば、フェイントと攻撃の違いがわかりやすかったんだけどね。それでも、一歩間違えれば命を取られるって状況はやっぱり恐怖だよ。私の得物が杖だったのも、ある意味においては幸いした。広範囲に防御できるから、薄暗い中で多少目測を誤っても、なんとかガードしきれたんだ。
 気がついたら、二人で来た意味なんてほとんどなかったぐらいに、一対一の真剣勝負に持ち込まれていたんだ。完全にこちらの読みが甘かった証拠さ。
 そんなわけで、奴さんと二、三分は打ち合ってたかな?
 互いの息がかかるほど近くで、息を荒げて、杖とナイフで!
 埒のあかない命の取り合いの、その二、三分がどれだけ長いかわかるかい?
 生きた心地がしなかったよ、本当に。


 そうこうしているウチに、奴さんの撒いたガスの効き目が薄れてきたらしく――私たちが介入しなければ、数分で事は済んでただろうからね。それほど強いガスは仕込まなかったんだろう――チラホラ運搬員が目を覚ましだして。
 トレイル君はとっさに幻術を使って私と「奴」の姿を隠してくれたんだけど――ああ、もう正直に言っていいだろ? 何度も言わせないでくれよ、「詐欺師」っていうか、我々「魔術師」ならそんな事、いくらでも簡単にできるんだよ――「奴」が撤退しない限り、私たちも引き下がれない。
 「奴」も焦りだしたのか、腰にぶら下げていた道具箱から、今度は短銃を取り出して来てね。
 いやはや、感心したよ。何のためらいも無しにぶっ放してくれるんだから。
 ただし……私も戦闘中だったんでね。君の知ってる私とは、少しばかり違ってたんだよ。
 非常に気分も高揚していたし、笑いが止まらなかった。こういった事態に遭遇するたび、つくづく、私の一族は戦いの為に生み出された存在だと思い知らされるね。
 「奴」がナイフをフェイント混じりに持ち替えた瞬間、飛び道具――それも切り札的なモノつまり銃を取り出すと察する事ができたんだ。嘘じゃない。本能としか言いようがないんだけど、相手の並々ならない覚悟って奴は、意識無意識問わず、わかるんだ。私みたいに変に長生きしていれば、それがどんな種類のモノかも想像つくしね。
 だから、「奴」がぶっ放した時には、もう準備が出来ていたんだ。

 「奴」もさすがに驚いただろうねぇ。
 突然暗闇に、蒼い光の翼が飛び出したんだから。
 そう、私が一族の一員だという証の、魔力の翼だ。
 発砲と同時に光ったそれが、弾丸を受け止めたなんて。
 この世界で普通に育った人間の、一体誰が考える?

 私の翼の発現と同時に、〈紅月〉も反応して、杖の身が真っ赤に染まってしまった。あの時は非常に恥ずかしかったね。私としたことが、たとえ命を狙われた瞬間とはいえ、そしてハッパの残留効果というハンデがあったとはいえ、ただの夜盗ごときに本気で対峙する事になったことが。〈紅月〉を反応させてしまうほどに、余裕が無かったという事実に、私自身が驚いたもんだよ。
 〈紅月〉は、私の一族が最大限の攻撃力を発揮できるようにと、私の師匠が造り上げた品だ。あの人の最大級の信頼と愛情の証なんだ。それを発動させる時は、師匠と己の名誉の為。軽々しく、己の真の力を誇示してはいけない。トレイル君の〈緑眼〉とは別の意味で、師匠は私に「人間」であり続けるという事を教え、誇りと戒めの印としてこれを授けてくれたんだと思ってる。
 だから、自分自身に対して少しガッカリした気持ちになったわけさ。師匠の無言の期待に応えられなかったってね。
 まあ……後に「奴」の正体を知って、ほんのちょっぴり慰められたわけだけど。
 やむを得ずだったけど、翼を出しちゃった以上、私もこれ以上この場に留まってはいられなくなった。トレイル君の幻術は目くらましみたいなもんで、高出力の魔力を発している私の翼を誤魔化しきれるような代物じゃなかったんだ。もちろん、「奴」だって発砲している以上、運搬員の気を引いてしまってる。互いに引き際だったんだ。
 最後に翼で一振り――人間で言ったら突き飛ばす感じかな? 「奴」がガードした腕ごと殴って、互いに手を出す暇のなかったケースを掴み取った。忘れてちゃ困るけど、元々はこのケースの中身、幸運の石たる〈セプテンバー・ナイン〉を手に入れる事が目的だったんだから。
 トレイル君も黙っちゃいない。長い付き合いだ、打ち合わせなんかしてなかったけど、私が次にやろうとしていた事をちゃんと先取りして準備していてくれた。〈緑眼〉を使って構成盤――難しい魔術を効率よく発動させる為に準備する魔術、だと思ってくれればいいよ――を顕現させりると、すぐに感化範囲を慎重に計測、転換、転移ポイントを絞り込んだんだ。
 〈西方協会〉は人前で魔術を使うなって口を酸っぱくして注意するんだけど、どうせ怒られるのはトレイル君なんだし、そもそも相手が銃を持ってるのにガマンなんかできるわけがない。ビビらないで発砲できる相手なら尚更だ。ケースを抱えて、構成盤で発生させた魔術円に飛び込んで、トレイル君の転移に便乗して。
 最後のあがきに投げつけられたナイフを〈紅月〉で叩き落として、そのまま手を振ってバイバイ。
 あの夜の冒険はそれでおしまい。
 トレイル君の魔術で、いつもの部屋の中に戻って来ちゃったからね。


 ケースの中に入ってたのは、直径三センチぐらいの、なんの変哲もない小石だった。
 それでも私たち二人は、しばらく黙って眺めていたモンだよ。
 この石が間違いなく、我々と同じ旅をして、この地にたどり着いたことがわかっていたからね。
 私たちの故郷の大地にあった石。
 今や見せ物にされ、人によっては神様のように讃えられるこの石が、私たちの住んでいた大地を形作っていたあの頃――その気は無くても、ついつい思い出してしまうもんさ。
 私の愛する人々との思い出と一緒にね。
 トレイル君なんか、涙ぐんでたぐらいだ。彼は自分の感情に正直すぎて、時々心配になるよ。
 かく言う私も、どんな顔で石を眺めていたのかわからなかったけどね……胸がいっぱいで、トレイル君をからかう余裕も無かったから。


 アキヒトに石を手に入れた事、襲撃者の事を伝えた後――トレイル君はクドクド、クドクド……飽きもせずに私の行動の批判というか愚痴というか反省会というか、一人で勝手に話していたんだけど、私は久しぶりに出した翼や羽の具合を確認してたから、内容はよく覚えていないなぁ。
 とりあえず、一仕事を終えたんだから良いじゃないかとなだめすかして、自室に戻して。
 君には話した事があったかな? 私は不眠症ぎみなんでね――いつも通り、ハッパを数枚噛んで、この日の夜をぼんやり、やり過ごしたってわけさ。もう全部終わって、トレイル君と〈西方協会〉の問題になったと思ってたからね。やることがなくなったら、これぐらいしか楽しみがないんだよ。
 もちろん、この晩に限っては面白い若者とチャンバラできたっていう、思い出すのが楽しみな出来事があったわけだけど、それ以外は特に変わることのない夜だった。

 まあ……まさか後日になってから、「奴」がこの部屋へやって来るとは思っていなかったんだけどさ。



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