幸運の石 〜<September9>外伝1〜 その3
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 翌日、〈西方協会〉へ報告に行ったトレイル君は、何とも言いようのない不思議な顔をしていた。
 アキヒトから「奴」について細部まで説明するよう求められたトレイル君は、思い出せる限り正確に、年格好から印象まで、洗いざらい話してきたらしい。
 私に言わせれば、いくら依頼主や仲介人だからと言って何もかも話す必要なんかないと思うんだけどね。一番大事な部分は黙っていればいいんだよ、あとで何かの商売にできるかもしれないから。情報だって立派な商品だって言うのに。
 ……常々思っていたけど、トレイル君には商才がまるっきり無いね。余計な才能ばかり有り余ってる。
 アキヒトは「奴」の話を聞き終えた後、少しためらってから、石の依頼者の名前を教えてくれたそうだ。
 驚いたね。いや……驚いたってもんじゃないな。しばらくは呼吸していたのかどうか、怪しいもんだったよ。それぐらい驚いた。
 本当の依頼者は、私達の師匠だったんだ。
 アキヒトは私達「詐欺師」の間でも顔が広いし、〈西方協会〉に協力する好事家とも話をつけやすい。その中の一人に、私とトレイル君の師匠も席をおいてるんだ。トレイル君がアキヒトを邪険に扱えない理由もそこから来てるんだよ。アキヒトは師匠と我々を繋ぐメッセンジャーでもあるからね。
 そんなアキヒトからの依頼だから、誰が依頼人でも驚かないと思ってたんだけどなぁ……でもまさか、その気になればどんな手段を取るにせよ、簡単に〈セプテンバー・ナイン〉を手に入れられるであろう師匠が、わざわざ人を使ってまでだだの小石を入手しようとするなんて思わなかったんだよ。
 偉大なる師匠の御力ならば、もはや存在しない〈クローニング・ゲート〉の向こう側から石を拾ってくる事だって可能かもしれないし、あの博物館の石にこだわる理由はないんだからね。
 ……何十年と一緒に居たんだけど、未だにわからないんだよ、師匠の力の限界は。どんな事をしでかしても不思議じゃないさ。
 アキヒトはそれ以上の情報を与えてはくれなかったけれど――ああ、そうそう、〈西方協会〉の会員義務として、私の行動は評価されるレベルに達したそうだよ、かろうじて――腑に落ちないのはトレイル君と私だ。
 師匠が「奴」の先手を打った意味がわからないからね。
 依頼内容から察するに、師匠は「奴」に妙な行動を取ってもらいたくなかったんだろう。「奴」が石を手に入れようとしている事を知って、行動される前に取り上げようとした。「奴」の行動をコントロールしたかったのかもしれない。
 正解が何にせよ、「奴」はそれだけ師匠から、大事に目をかけられている人物になる。
 師匠は気まぐれや感情で人を識別したり予定を立てる人間じゃない。我々弟子だって、予定に基づいて集められたぐらいだ。アキヒトを私達の間に立てた事だって、今はわからなくても何らかの意味があるんだろう。同様に、師匠は「奴」に何らかの道を用意しているに違いない。
 ならばなぜ今、「奴」は石が必要なのか?
 なぜ幸運を手に入れたいと願うのか?
 おそらく師匠にとっては必要のない石を?
 少なくとも、私とトレイル君は知っている。「奴」はこの世界に満足していない。満足していたら、あの若さであんな準備や行動する発想もないし、あんな体術や技術を身につける意味もない。ましてやあの大仕事に対して一人で行動するという事は、チームを組む余裕さえ無いほど、他人を信じられないのだと考えることだってできるじゃないか。
 「奴」は向こう側から来た私達よりもずっと、この世界に違和感を抱いてる若者だ。
 いや、この世界に生まれ落ちたからこそ、この世界を自然に憎悪できるのかもしれない。もちろん、その理由なんて知らないけどね――調べるつもりならできるだろうけど、今は止めておくよ。面倒ごとに巻き込まれそうだから。私のカンがそう言ってるんだ。伊達に長生きはしてないさ、間違いない。
 そもそも、師匠が私のみならずトレイルを使うにしても、名前を伏せてるなんて変じゃないか。私達に直接命じられれば済むのに。それを控えてるなんて、よっぽどの事情だ。あまり良い事じゃない。
 なにはともあれ、師匠はこの先、この目をかけている若者に一体何をさせるおつもりなのか。
 破門同然の私に、尋ねる資格なんて無いんだけどね。


 さて。
 そんな私達二人の疑問は一夜明けた後、午後の三時に、曲がりなりにも解消された。


 インターフォンが鳴っただけでも奇跡的だってのに――〈西方協会〉の関係者か、その〈西方協会〉に雇われたこのマンションの管理人ぐらいしか、この部屋にはやってこないからね――監視カメラの映像が、左手を包帯でぐるぐる巻にされた学生服の少年だと気づいた時のトレイル君の顔といったら。
 まるで、可愛がっていた猫に逃げられたような顔をしてたよ。いや、トレイル君は猫なんて飼ったことはないんだけどさ。
 がっかりというか、拍子抜けしたというか、笑っていいのか怒っていいのか、どうしようって感じだよ。強いて一言で表現するなら半笑いってやつだ。
 おそらく彼は、その学生が部屋か何かを間違えたんだろうと思ったんだね。最上階の部屋なんて私達の部屋しかないんだが。
 どうやって追い返そうかとトレイル君が迷っている内に、監視カメラに気づいた少年はアキヒトの署名の入った手紙を掲げて見せた。
 よくよく見たら、アキヒトからの委任状さ。トレイル君が慌てて鑑定に〈緑眼〉を着けたら、間違いなくアキヒトの魔紋の入った「魔術師の誓い」書式の品だって言うじゃないか。
 そこで我々もようやく気づいたんだ。あの時のガスマスクの若者だってね。
 彼は彼で、私達の姿に気づいて驚いていた。正確には、驚いていたらしい。怒ったような仏頂面で、私達を睨み付けながら応接室にやってきたからね。あの時と違ってだらけていた事が気にくわなかったんだろう。私もその日はずいぶんハッパを噛んでたからね、彼が来るまでかなりもうろうとしていたんだ。その顔を見たからだろうね。それとも、コソドロみたいな仕事をしていた私達が、アンティークや雑貨に囲まれたマンションの最上階に住んでる事に驚いたのかな? 若者からすれば十分、コソドロも金持ちの道楽に見えるだろうからね。今となったら、どちらの理由で怒っていても不思議じゃないな。ちゃんと聞いておけば良かった。
 何にせよ、彼は少しばかり怒ってたよ。あんまりにもギャップが大きくて驚いたかいと尋ねてやっと、気のない肯定の返事をもらえたぐらいだ。
 ソファに腰を下ろすように促したが、こちらは拒否された。それは別にいいさ、それぐらい慎重じゃなきゃ、殺し合いまがいの殴り合いをした相手と思えないからね。
 ただ、お茶ぐらいは腰を落ち着けて飲んで欲しかったな。それだけさ。


 とりあえず、このヘンテコな茶番劇についての彼の説明はこうだ。
 少年の名前はレイという。もちろん偽名だ。知り合いの名前だとあっさり暴露した。
 レイはアキヒトに、〈セプテンバー・ナイン〉が手に入らないかと尋ねてみた。アキヒトは、おそらく用意できるだろうが、すぐには無理だと答えたらしい。だがレイには必要な期限があった。その期限までに石を手に入れないと、意味が無くなってしまうと。
 アキヒトに見切りをつけたレイは、我々の師匠に何とかならないかと持ちかけた。ところが師匠は、アキヒトに輪をかけて、ハナから相手にしなかったらしい。
 そんなものを手に入れて、どうしようというんだ? そんなモノぐらいで人生が変わるなら、お前の精神が余程過敏であるか、人生がつまらなすぎるかのどちらかだな――いや、この台詞は私の想像だけど。こんなことぐらい、師匠なら言いかねない。
 とにかく、当てにしていた両者に拒否されたレイは、自分で何とかするしかないと覚悟を決めたわけだ。
 そして、当然のように、近くにある博物館に目をつけた。開催日の残り日数といい、地理に明るい事と良い、急ぎの仕事に間に合わせるにはこの博物館でやるしかないと考えたようだ。
 だがアキヒトも師匠も、間抜けな大人ではない。すぐにレイが双方から拒否されたという情報をすり合わせ、行動を起こすなら展示物を狙うに違いないと睨んだ。
 そして、我々の出番となったわけだ。
 アキヒト達の期待に応えて石を手に入れた私達の事を、レイはすぐに調査した。もちろん、人相といい年格好といい、おそらく〈西方協会〉の内部機関を使って調べたなら、数時間……いや、数分で答えが出たに違いない。
 アキヒトも師匠も、普通の人間がおいそれと面会できる立場の人物じゃないからね――その人物の、しかも双方に対し石のありかを尋ねられる立場にいるこのレイって少年は、間違いなく〈西方協会〉の人間だろうから。もしかしたら、アキヒトに直接聞いたのかもしれないね。
 石の件がアキヒトの妨害だと知ったレイは、すぐに抗議したらしいが、逆に使いを頼まれた。
 ここに石を取りにやってくること。
 私達に事の顛末を説明して謝罪すること。
 受け取ったら我々の師匠の元に石を届けること。
 無事に石を届けたら、後日、報酬として石を提供するとのこと。


 ふて腐れたような態度だけが彼を若者に見せていたけど、他の点においてはまずまずの対応だったな。私の翼を見たはずなのに、まるで見慣れた人間みたいに私を睨むんだ。普通の学生服の少年だったら、大抵は人間じゃない奴に興味を抱くもんじゃないのかい? せめて、年上に対する敬意を表して欲しかったな。睨むんじゃなくてさ……彼があんまり睨むもんだから、私もついつい同じように見つめ返しちゃったよ。
 トレイルは睨み合う私と彼の間でアタフタしながら、相変わらず慎重に、石をどうするつもりだったんですかと尋ねた。
 アキヒトも師匠も動かして、自ら犯罪まがいのことをしてのけてまで、なぜ迷信を追うのか。
 確かに私も気になっていた点だ。
 私の頭にまず浮かんだのは、祈りだ。呪具。幸福を願う力。確かに、この世を斜めから見ているこの少年なら、この斜めの世界を正常なものに――正しい世界戻すべきと願うかもしれない。その中にある幸福を願うかもしれない。
 だが同時に、この少年はあまりにもリアリストだ。自分にできる範囲というものを心得ている。〈西方協会〉に自分がどれだけ力を持っているのか――おそらく、実質的な権限はないのだろうが、二人の強力な情報源を持っていることは否定できない――自分一人ならどこまでの行動が許され、どこまでやり抜く事ができるのか、わかりすぎてる。だからこそ、各種のトラップを用意する事も出来るし、私に銃を向けることもできるのだ。
 意味がわからない? ふむ……つまり彼はね、限界を超えたらどうやって乗り越えるかということを常に意識していて、非常手段というものの使い方をわきまえているってことさ。それは彼が徹底したリアリストだからだ。自分が死ぬかもしれないという可能性を把握し、生き延びるために手段を選んではいけないと普段から考え、理解し、知っているから、必要なモノがわかるし準備が出来るんだ。
 だけど、そんな人間が、自分の手の届かぬ範囲にある「迷信の石」を手に入れたがる理由がわからない。石の力も、たかがしれているとわかっていたはずだ。ただの石ころにすぎないとも。それを知った上で、尚も求める意味がわからない。仮に世界を変えようと願うにせよ、彼なら自分の行使できる力で世界を変えようとするはずなのに。
 レイは私から目を離さずに、アキヒトの条件にそれを説明することも入ってると断って、告白した。


 少年は言った。
 幸運を手に入れたいのは自分じゃない。
 幸運を手にする事で幸福になるのなら、幸運を手に入れたい。
 自分は幸福になるべき人間が不幸である事が許せないだけだ。
 不幸な少女の為にその石を届けたいだけだ。
 彼女は不幸な自分を知らない幸福な少女だ。
 だけど、真相を知る自分は、彼女の不幸と不運が許せない。
 彼女を不幸にしているこの世界が許せない。
 だから彼女がほんの少しでも幸福になれるとしたら、それをやってやる。
 彼女が気づかなくても幸福にしてやる為に全力を尽くす。
 たとえ石の力が迷信であっても、彼女の心が石を得ることで変わるならそれでいい。
 幸運が彼女を幸せにしないとしても、それでも何かが変わるなら。
 自分が今できる事がこんな事しか無いなら、それを全力でやり遂げてみせる。
 それだけなんだと。


 自己満足の騎士道精神だなと言ってやったら、黙って頷いた。そう、その意味でも彼はリアリストなのだ。自分の考えと行動が、他人にどう思われるであろう事かも把握しきっている。
 とはいえ、まだ十代だ。制服を見る限り。次の反応はどんなもんだろうと眺めていると、少年は確かめるようにもう一度、頷いた。
 そして一瞬だけ笑った。悪意を込めて。
 あんたの話も聞いてるよ、と。あんただって俺の同類じゃないか、と。
 師匠に横恋慕した挙句、自分の一族を見殺しにした、酷いロマンティストだってね、と。
 もちろん……否定はできなかったさ。人によってはそう見えるだろう。私は師匠を救ってやりたかった。ただそれだけだ。その結果が、多くの同胞の命を奪ってしまった。反省するつもりはないし、後悔するつもりもない。ただ、この事実を指摘されるのはどんなに時間が過ぎ去った今でも、辛いことには変わらない。
 彼が私の侮辱に対して反撃するべくこの話題を持ち出したのなら、残念ながら私の完敗だ。
 僕の行動は、確かに、この少年の騎士道と大差ない。エゴ故の行動だ。
 だがロマンティストとは心外だ。アキラは間違いなく、ロマンティストだったけれど。だけど私には似合わない。
 むしろ殉教者と呼ぶべきだろう――死んではないが、あの同胞共々死んだも同然なんだから。
 痛みを感じるゾンビなんて、最悪だぜ?
 そして残念な事に、私も、この少年もまだ生きている。
 生きてる以上、生き延びることを考えなくてはならない。
 それが生き物だ。
 どんな理屈よりもシンプルでわかりやすいだろ? 君も覚えておきたまえ。きっといつか役に立つから。自分を嫌いになって消し去りたくなった時にでも思い出せばいい。
 生き物である以上、どんな理屈をつけてでも生き延びた者が一番の強者だってね。
 その理屈の一つがこの「幸運の石」だとしても、誰も笑えやしないんだ。


 私とレイが話をしている間に、トレイル君は別室で〈西方協会〉と連絡を取っていた。
 ちょうど話が一段落付いて、さてどうしようかと考えていたところへ戻ってきてくれて助かったよ。このままポイと渡してしまうには、レイが持ってきた委任状だけではアキヒトの使者であるという証拠が少なすぎたからね。曲がりなりにも高価なものなんだし。
 トレイル君は青ざめて戻ってくると、〈緑眼〉を外してテーブルの上に置いた。〈緑眼〉のレンズが光を放って、小さな立体映像を作り出した時には少々驚いたね。〈緑眼〉にそんな機能があるなんて聞いた事もなかったから。トレイル君も知らなかったんじゃないかな?
 でもそれ以上に、私の心臓を止めそうになったのは、機能なんかじゃなく映像の方だ。
 長らく目にすることのなかった、師匠の姿がそこにあったからね。
 やせ細り、両眼に包帯を巻き付け、白い病人の服装で、うつむいたまま立っていた。
 師匠は言った。

 この会話は、馬鹿な弟子への報酬の一環であると。
 このような事が許されたのは、そこにいる私の養子がお前に迷惑をかけたからだ。
 彼の名前はアキオと言う。いつかお前達にもっと大きな迷惑をかけることになるかもしれないが、今の私ではそこまでの未来を正確に手に入れる事ができない。
 だからといって、彼に遠慮はいらない。お前に無礼があったのなら、手を抜かずに罰してくれ。
 その後に、幸運の石を渡してくれ。後は私が引き受ける。
 伝える事はそれだけだ。「奴ら」に気づかれる前に、この回線を切ることにする。
 最後に一つだけ。娘の事は心から感謝してる。『彼』にもよろしく伝えてくれ。

 回線はそれだけ伝えて途切れた。
 不覚にも、涙が出そうになったね。
 師匠がこちらの世界に来て以来、初めて私に直接言葉をかけてくださったんだから。そして、師匠の痛々しいお姿。あれがかつての私の不注意の結末であったのならば、尚更心が痛む。居場所がわかるなら、今すぐにでもお仕えしたいぐらいだ。でも許されないのもわかってる。ガマンするしかないね。
 大丈夫、待つことには慣れてる。今も昔も。
 それに『彼』――君のことだ。君の事もちゃんと知っていた。それも嬉しかった。いつかはちゃんと話さなきゃと思ってたからね。
 そんな感慨にふける私の思考を遮ったのは、すっとんきょうなトレイル君の声だった。
 養子?
 そう、養子。彼が師匠の養子。
 そこに至って初めて、私とトレイル君は顔を見合わせたもんさ。
 ふて腐れて天井を睨んだレイ――いや、アキオは、最悪だとつぶやいていたけどね。

 アキオは代金を小切手で置いていこうとしたんだけど、師匠の――たとえこの世界における利便性の為だったとしても、仮にも師匠の子供と知った以上、そんなものを受け取るつもりなんてさらさら無かった。
 自分で稼いだ金だとアキオは言ってたけど、仮に〈西方協会〉からの金だったとしても同じだ。少なくとも、今回の仕事でもらうぐらいの金額なんて、他の機会で何とでも埋め合わせできるんだ。いらないよ。
 ましてや、元々を考えればアキオの依頼を私達が受けたようなもんなんだから。最初からこんな子供からの依頼だとわかっていたら、引き受けるとしても金なんて取らないよ。出世払いみたいなもんだ。少なくとも初回はね。その事も話し合って、きちんと断った。
 ただし、今回はゴタゴタして迷惑も被ったから、少しばかり条件をつけたけどね。
 セプテンバー・ナインを手に入れてから、どんな良い事があったのか、後で必ず報告する事って。
 私みたいに一日をやり過ごす事に四苦八苦してる存在としては、外界の些細なエピソードでも良い暇つぶしになるんだ。もちろん、自分で楽しんだ後は、こうやって君に語ることだってできるし。
 そしてその報告がハッピーエンドなら、尚更結構じゃないか。
 金では買えない経験の、ほんの一部を代金としてもらうことにしたんだ。〈セプテンバー・ナイン〉だって、私達のいた場所のほんの一部でしかない。貴重な「あちらの世界の一部」と貴重な「人生の幸運の一部」を交換するだけさ。少なくとも、私には納得の行く取引になったよ。
 アキオは私の言葉を疑っていたみたいだけど、最後には本気だとわかったみたいだ。
 笑ってたよ。あんたは変な人だなって、普通の男の子みたいにね。



 さて。ダラダラ話してきた一連の出来事も、これでおしまいだ。
 アキオの事は後でトレイル君がじっくり調査してくれた。彼の生い立ちや、彼の語る少女の事もわかった。でもこの石の争奪戦とは関係のない話だ。今回は語らずにおこう。とても長い話になってしまうからね。
 師匠の消息は相変わらず、つかめない。〈西方協会〉が師匠からの要請で情報を遮断しているからだ。それはかまわない。必要な時には自分から動き出す。今回のように。傷を負っているようだけど、心配はしていない。なんてったって、私の師匠だぜ? 弟子より先に死んでしまうような方を師匠に選んだつもりはないさ。今までも、これからも。
 トレイル君は相変わらず、〈西方協会〉の雑務を引き受けてるよ。アキヒトは今回の件でずいぶん感謝しているようで、今までより立場が良くなったと喜んでたなぁ……どういう意味だかわからないけど。トレイル君は真面目すぎるから、アキヒトに遠慮してる部分が大きかったんじゃないかな? 今回の件で、心の重荷が少し減っただけのような気がするね。
 たぶん、アキヒトの方はあまり変わらないと思うよ。アキラの秘書だった彼が、こんな事でいちいち態度を変えていたのだったら、現役の頃は身が持たなかっただろうからね。
 私? 私は依然と同じ。何が変わるっていうんだい?
 でも、君に語る話題があったって意味では、少し違ったかな。ハッパと君の話し相手と……ぼんやり時間をやりすごすのは、今までどおりなんだけどね。

 ああ、トレイル君が戻ってきた。さっき出たばかりなのに、早過ぎるな。何か忘れ物でもしたのかな?
 帰るかい? 急かすようで悪いね。
 まあね……確かに、トレイル君は君の事が見えないから仕方ないけどさ。
 じゃあ、カノ――いや、母さんによろしく伝えてくれ。そんなに心配するなってね。
 いや、未だに君が息子とは信じられないんだけど、君を使ってまで調べに来るんだから、よっぽど心配なんだろう? それとも何かの厭味なのかな? まあいいや、彼女なりの、愛情の一環だと思っておくよ。
 ああ、準備できたかい? 次に来る時は母さんの話も聞かせてくれよ。私も、君が次に来る時まで、何か楽しい話ができればいいんだけど。アキオがこの話の、本当の結末を持ってきているとかね。
 それじゃあ、また。

 君の今日にも、幸運の石の恩恵がありますように。




<幸運の石 〜<September9>外伝1〜・了>




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