イシの時間 〜<September9>外伝2〜 その1
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*お断り*
この読み物は、
*連載中の長編小説「MemoryBlood」(現在公開停止中)
短編読み切り小説「<September 9>」
<September 9>外伝読み切り小説「幸運の石」
この三編を踏まえて作成されています。
作品をより深く楽しむ為に、どれかを先に読んでおくことをおすすめします。





 石造りの壁が敷地をのんびりと囲っている。
 内側の半分は小さなバラ園。
 もう一方は砂場と芝生。
 壁際にはイチゴにも似たツタ植物が実をつけて張り付き、古い作りの歴史を感じさせる庭へ、更に重みを加えていた。
 都市郊外とはいえ、これだけの敷地を持つ家は、そう多くはない。
「この場所に移って、十五年になります」
 七十歳ほどだろうか、物腰の柔らかな白髪の老女は、院内を案内しながら説明した。
 聴衆は四人。
 一人は、日焼けした初老の牧師。
 一人は、ひときわ背の高い、顔立ちの良いスーツ姿の青年。
 一人は、彼につき従う、運転手の制服と白手袋を身につけた二十歳代の美女。
 そしてもう一人は、秋空にも早すぎるロングコートを着込んだ、十代半ばの無表情な少年だ。
 なんともちぐはぐな四人は、院長の説明に耳を傾けながら、渡り廊下を歩む。
「〈シノヤ〉グループの会長様が出資してくださって、空き家だったここを買い取ってくださいました。それまでマンションの一室で預かっていた子供達が、庭で自由に遊べるようになったんです」
 あいにく外は秋の長雨。地面の所々に残る水溜まりの姿からは、子供達の動きを想像できない。
「現在のとりまとめは〈シノヤ〉じゃないですよね?」
 初老の牧師――衛藤秋人が、やんわりと口を挟む。
 孤児院に等しいほどの養子を持つこの初老の牧師にとっても、経営に関しては人事ではないはずだ。
 老女の院長は、ええとのんびりした口調で返答。
「五年ほど前から、〈シノヤ〉の会長さんは〈西方協会〉に経営を一任されまして」
「〈西方協会〉では、教育方針をなんと?」
 怪訝そうな院長に、牧師はやんわりと笑みを見せた。
「もちろん、私は伺っていますが……今回は光矢さんの視察の補佐ですから。院長の口から伺いたいとのご希望でして。安心して、いつもどおりの回答をお願いします」
 院長は背の高いスーツ姿の青年を見上げた。
 大きな目をわずかに伏せて、青年は肯定に微笑む。
 院長は緊張をゆるめ、笑みを取り戻した。
「〈西方協会〉から、特に強要されるような事柄はございません。あるとすれば、自分たちが持っている『向こう側』の記憶を忘れないようにしなさいという事だけです。押しつけるような宗教観や儀式、忠誠心などは育成しておりません」
「『向こう側』の子供たちは、何人ぐらい?」
「十人のうち、八名が『向こう側』からの子供です。残りの二名は、両親がこちらに来てから生んだ子供で、厳密にはこちらで引き取る必要のない子供になります。ですが、世間へのカモフラージュと、両親たちの経済状況の悪化による育児放棄により、〈西方協会〉が引き取らざるを得なかったものですから」
「なるほど」
 一行は渡り廊下を進みきり、子供たちが集まるロビーを横切った。
 テレビが置かれ、大きめのソファと絵本やおもちゃの詰まった本棚があり、一見、どこかのホテルのロビー風でもある。
 子供たちは雨で遊べない鬱憤を、この一室を駆け回ることで解消していた。
 一行の入室に気づかなかった男の子が、よそ見をしながら駆けてくる。そのまま、青年の足下に突進した。
 その子供を、素早く青年の前に立ちふさがった運転手の女性が抱き止める。
「だめだよ、おうちの中で走っちゃ」
 人好きのする笑顔で、しかしどこかぼんやりとした顔立ちの女性は笑った。
「今はこのおじさんにぶつかったかもしれないけど、次は柱の角かもしれないよ? タンコブできたら、痛いぞ〜」
 走ってきた子供は、彼女のおどけた顔と口調に、ごまかすように笑った。そのまま二歩三歩とあとずさり、ニヤニヤしながら仲間たち――一緒に生活している子供たちの元へ駆けて行き、ソファの陰に隠れる。
「すいません、高篠さん。あとでよく言っておきますから」
 院長が顔を青くするが、当の青年――高篠光矢は、むしろ楽しげに返答。
「いえいえ。雨ですから、仕方がないですよ。おじゃましているのはこっちです。今日は気にせず、遊ばせてやってください」
 少し考えた後、首を傾げる。
「いや……でも、義兄が来た時にはまずいかな? 特にハル義姉さんなんかはうるさそうだ。どう思います、衛藤さん?」
 一転して困り顔の青年に、牧師は笑う。
「〈西方協会〉の教育方針だと言ってやりますよ。どうせ誰かが案内しなければならないんだし、私がやれば良いだけです」
 返答に安心したのか、光矢は女運転手に顔を向ける。
「それにしても、鏡子さん……おじさんは酷いじゃないか。僕はまだ三十なのに」
「子供から見れば、十分、おじさんですよ」
 若い彼女は、しれっと、とぼけた。
 そのやりとりに、コートの少年がわずかに苦笑。
 その表情を見咎めた光矢が、片目をつり上げて釘を指す。
 少年は軽く肩をすくめて、無表情に戻った。


 院長の庶務室に通された一行は、職員が煎れた茶を振る舞われた。
 高篠光矢と衛藤牧師は、主賓と補佐役として席についたが、女運転手――新庄鏡子と、コート姿の少年は、二人の背後に立ったまま控えた。
 院長は、先に院内を案内した時と同じ、穏やかな口調と物腰で、会話を進める。
 建物の修繕費や子供たちの学費などの出費と、〈西方協会〉からの支援金、それらによる運営が、ぎりぎりのところで行われており、運営が順調だとは言えないとのデータを提示する。
 牧師は〈西方協会〉から取り寄せた情報と、提示された情報と、そして独自に調べさせた情報との三つの資料を見比べ、彼女の話がおおむね間違っていないと光矢に請け合った。
 光矢は黙って頷き、しばしの間、思案する。


 彼が〈シノヤ〉の一族として、〈西方協会〉に関わり始めたのはつい最近の事である。
 〈シノヤ〉の前会長・高篠晃の妾の子であり、晃の遺言によって認知された彼は、長い間、〈シノヤ〉の経営に携わる権限を持たされておらず、彼自身も〈シノヤ〉を避けていた節すらあった。
 その彼が〈西方協会〉と〈シノヤ〉のパイプ役に抜擢されるようになったのは、〈シノヤ〉の次男がとある事故に巻き込まれて亡くなった事からだ。
 〈シノヤ〉は現在、会長として長男が、社長として長女が取り仕切っており、その裏の活動としての〈西方協会〉との連携は、次男が全て任されていたのである。
 先代の会長であり、彼らの実父である高篠晃は、『冬の大祭』前後に起こる自然現象――真っ暗な夜空と、そこから落ちてくる〈セプテンバー・ナイン〉と呼ばれる石に、並々ならぬ興味を抱いていた。
 その石に関する情報を集めるうちに、石と共にこちらにやってきたと主張する一団と接触を持つようになった。
 彼らの言葉を信じる信じないはともかく、高篠晃は、彼らを救済する組織として〈西方協会〉を立ち上げのだ。
 〈西方協会〉のメンバーたちの協力を大体的に得られた事により、それまでも老舗メーカーだった〈シノヤ〉は、低迷を続けていた業績を上昇させ、今に至る大企業と成長したのだという。
 一代でそれを成し遂げる事ができたのは、〈西方協会〉と〈シノヤ〉の二人三脚のたまものであり、〈シノヤ〉の後継者たちは、〈西方協会〉などという、うさんくさい事を語る連中との関係を無碍に断ち切る事ができなくなったのである。
 現会長の長兄は、そのうさんくさい連中もろとも、高篠家の汚点とも言える妾の子たる光矢を〈西方協会〉に閉じこめて置こうと思ったのだろう。今まで、光矢の決定に口を挟んできたことはない。
 反面、何か事件でも起こそうなら、〈西方協会〉ごと切り捨てるに違いない。
 元より、社長として実質的に〈シノヤ〉を取り仕切っている長女は、〈シノヤ〉の下部組織としてのボランティア団体=〈西方協会〉が、慈善事業として多額の費用を要する現状に我慢がならないのだ。
 風当たりの強い己の立場を、光矢は常に考えて行動しなければならなかった。

 父・晃の執着した〈セプテンバー・ナイン〉は、光矢が生まれた頃から発生が不規則になっていた。
 〈西方協会〉の見立てでは、数年内には、十数年前までは毎年のように〈セプテンバー・ナイン〉を落としてきたという自然現象――〈クローニング・ゲート〉現象もなくなってしまうだろうと推測されている。
 ならば、この孤児院に集まる子供たちは、〈西方協会〉の最後の子供たちとなる可能性だってあるのだ。
 自助組織たる〈西方協会〉は、『向こう側』の人間たちがこの世界で自立するまでを支援する団体である。
 彼らが巣立って行くまでが〈西方協会〉の仕事ならば、ここで出し惜しみする必要はない。
 未来において〈シノヤ〉の支援者となると思えば、苦痛に満ちた子供時代を無理に与える必要もない。
 そもそも、就任したばかりの光矢である。
 ここで次男との違いをはっきりさせ、少しでも自分の名をアピールしておくのも悪くない。
 光矢が出せる限りで支援しても良い――少なくともその時の光矢は、そう考えたのだ。

 光矢は〈西方協会〉の経済的現状を考え、衛藤牧師の試算した必要経費の1.2倍の寄付金で手を打つことにした。


 しかし、院長は少し驚いた顔をした後、衛藤牧師をおそるおそる見やった。
 日焼けした初老の牧師は、やんわりとそのまなざしを受け止める。
「大丈夫ですよ、院長。光矢さんは顕さんとは違います。辛い子供時代を過ごしているから、子供たちに辛い思いをさせたくないのです」
 院長には、どちらかといえば金策に余念のなかった次男の事が頭にあったのだろう。
 光矢も安心させる為に、身を乗り出して笑顔を見せた。
「どうか今のうちに、他に希望する事があるのならお話ください。その為に足を運んでるんですから」
 衛藤牧師の促しに、院長も一度は伏せた目を光矢に向けなおした。
「寄付は……大変ありがたいのですが、今まで通りでかまいません」
「なぜ?」
 沈黙して言葉を探す院長に、光矢は水を向ける。
「お金が足りなくなりがちだというお話でしたから、少し水増しすることにしたんです。お金で解決できない事ならば、何をすれば良いでしょうか?」
「お金で解決できない……ええ、そうなんです。お金じゃないんです」
 院長は自分の手をもみながら、光矢に訴える。
 何度もためらいながら、ようやく、小さなゆっくりした声で、言葉をつないだ。
「〈西方協会〉の一部に……〈アカデミー〉という組織があることを、ご存じですよね?」
「話は聞いたことがあります。あいにく、あちらの責任者が私に会いたがらないらしくて。まだ伺った事はないのですが」
 〈アカデミー〉は、〈西方協会〉の中でも学者たちが集まって作った内部組織だ。
 クローニングゲートやセプテンバーナインの消滅を予言しているのも彼らであり、嘘か誠か、その全員が魔術師なのだという。
 そして、彼らは『向こう側』では貴族に等しい権力者だったとか。
「実は先日、急に来訪されまして。来月の報告書には記載させていただいたんですが、本当に急なお話だった上に、〈西方協会〉には話を通してあるとのお話だったので」
 院長はその時の事を思い出したのか、声を震わせた。
 自身も『向こう側』から来たという院長は、高位の存在たる〈アカデミー〉の連中に逆らえなかったのだろう。
「あの方々は、研究材料と称して、子供たちの大事な記念品を、全て持っていってしまったんです」
「記念品?」
「『向こう側』からこちらに来た時に身につけていた衣類や、装飾品です。小さな子供たちばかりですから、抱えていたぬいぐるみもあります」
 院長は祈るように手を組んだ。
「彼らにとっては、『向こう側』で家族と過ごした、大事な思い出の詰まった品々なんです。孤児となった今、唯一家族だと思えるのが、あの時、手にしていたものや着ていたものだけなのです。鉤裂きの一つにだって思い出がある大事な品物です」
 それだけを言う間に、老女はガタガタと震え出す。
 〈アカデミー〉が恐ろしいのか、彼らへの怒りなのか、ふがいない己への憤りか――その全てだったのか。
 光矢は老女の震える手を、かぶせるように握った。
 驚く老女に、光矢は微笑む。
「続けてください」
 老女は一度息を飲み込み、光矢の手に視線を落とした。
「返却を……返却を要請したんです。子供たちの為にも、取り返さなきゃと。でも、既に研究は終わり、業者に売り払ってしまったと。〈アカデミー〉の方々が調べたかった事柄は、すでにその衣類などに残っていなかったようなのです。だからただのボロ布だと言って……貧乏人の服なんて、何の価値もないって……」
 院長は大きく息をついた。
「『向こう側』の事を覚えておきなさい、自分たちが『こちら側』に来たのは、『向こう側』の話を伝える為ですよって……『向こう側』を忘れないでと伝えてきたのに、〈アカデミー〉はむしろ忘れてしまうことを勧めるかのようです! 私、これから子供たちになんて説明すれば良いのか――」
 声を詰まらせる老女に、光矢は軽く手を揺り動かし、囁いた。
「確かにそれは、お金の問題じゃありませんね。衛藤さん、早急に業者を調べてください」
 衛藤牧師は、自分の手帳に事の経緯を書き留めながら上の空で返答。
「〈アカデミー〉が相手では、面倒なことになりますよ? 特にトップが面倒だ」
「鏡子さんを護衛につけます。彼女のIDは〈アカデミー〉で作られたものだ、私や貴方のIDよりはずっと警戒されずに進入できる。書庫を調べる段階までなら問題なく入れるでしょう。最悪、いつものアレをやってもらう。できるね?」
 女運転手は、無言のまま、にっこり。
「八雲、しばらくは僕の護衛は君だけだ。苦労をかけるけど、よろしく」
 ロングコートの少年は、眉を面倒そうにつり上げてため息を一つ。
「護衛に関しては問題ないよ。君が暴走しない限り、いつも通りだ。言いたい事は山ほどあるけどね」
 淡々とした口調で告げる。
 それらを確認した後、光矢は自分の胸ポケットからハンカチを取り出した。
 黙って院長に渡し、席を立つ。
 あわてて立ち上がった院長に、光矢はゆっくり頷いた。
「大丈夫、他の先生に案内してもらってから、もう一度顔を出します。それから帰らせていただきますね。それまでにゆっくり、気持ちを落ち着けて。院長を泣かせて帰ったと子供たちに思われたくないですから」





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