4・彼の沈黙
←PREV | 『白月』の船室 | Home | NEXT→
01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10
11 | 12 | 13 | 14

 
 この大陸には、クリスマスという行事がある。
 午後三時の気だるい空気の中、人もやや少なめになってきた病院待合室の片隅で、ひっそりと点滅しながら自己を主張する電飾と常緑樹のコラボレーション。それらを眺めながらトレイルは、クリスマスとやらは自分の出身地でいうところの『祈願大祭』みたいなものなんだろうなとぼんやり考えた。
 『祈願大祭』は追放された女神が、自分たち人間と「必ず戻ってくる」と約束した事が起源になっている祭りの事だ。一日だけ家の門や壁に、今後一年の目標とそれを達成した時に欲しい物を短冊に書いて、思い思いにぶら下げたり貼り付けたりする。祭りのクライマックスは、街の広場に組み上げられる『信号塔』という名のヤグラを燃やす時だ。今年分の短冊を燃やし、代わりに去年の短冊に書かれていた欲しい物を親しい人間から手渡される。そして自分もまた、誰かの願いどおりにプレゼントを用意し、手渡すのだ。
 そこまで考えて、クリスマスとは全然似てないんじゃないかとも思い始めるトレイルだったりする。その日を楽しみにしているのは、自分たちもこの大陸の人たちも同じなんだろうが。
 傍らのベンチに腰掛けている連れの男に自分の感想について意見を求めようとし――トレイルは慌てて、喉まで出掛かった呼び声を飲み込んだ。だが慌てすぎたのだろう、喉が妙な音を響かせる。
 それに気づいた連れの男はトレイルを一瞥。
 薄紫色の瞳に浮かぶ感情よりも眉間のタテジワが気になって、トレイルは黙ってうつむく事を選択した。



 シラトス六大魔術師ギルド及びシンリュウ大陸教会公認の名誉ある魔術師トレイル・トリルアーガス。偉大なる魔術師の最も新しい弟子にして最後の弟子。既に二百年を生き、シラトス魔術学院の本草学の講師にして、知る人ぞ知る救国の英雄だ。
 今、彼はどうみても二十歳前の童顔にしか見えない顔を歪ませ、途方にくれていた。
 傍らの待合室の椅子で、だらしなく背もたれに身を預けた長身の男の、そのムッとした気配にどう対処すればいいのかわからなかったからだ。
 燕尾服を着崩したその男は、トレイルの教育係だった男で――とはいっても、彼が教えてくれたのは魔術の初歩中の初歩と、読み書き・計算・歴史と目利き程度の学問だったのだが――名をクラシス・ホワイトムーンという。通り名は『船長』。敵の多すぎる彼が、自分の名を極力隠す為に好んで使う呼び名だ。歳は外見どおりに三十前後らしい――というのも、彼の年齢をどう数えればいいのかには様々な説があって、どれを採用するにも正確ではないと思われるからだ。
 クラシスは常に手放さない杖を抱えたまま、二時間前からほとんど動く気配がない。それどころか、二時間もの間、ずっと不機嫌なままなのだ。
 そしてトレイルも、途方にくれたまま二時間を待合室で過ごしている。
「あの〜、船長?」
「……なんだい、トレイル君」
 クラシスがトレイルを『君』呼ばわりする時は、イタズラする時か、からかっている時か、それとも――機嫌が悪い時と決まっている。そして大抵、その後は面倒な小言が続くのだ。
 とほほな気分で、トレイルは恐る恐る口を開いた。いつまでもロビーに不機嫌な大男が居ては、ホームドクターでありこの病院の医者の一人である姉弟子のレイランも困るだろうから。
「病室には、行かないんですか?」
「なんで?」
「なんでって……折角病院に来てるんだから。お見舞いに行ってあげてくださいよ。カノン、怒ってましたよ?」
 船長の付き人である少女――今は検査入院している子供で、その正体は自分たちの師匠たちが生み出した魔術生命体であるのだが――彼女の人形のように滑らかな曲線を描く頬が、怒りのあまり薄紅色に変わる様を思い出して、トレイルは溜息。昔から、彼女の船長に対する愚痴はトレイルに回ってくると決まっているのだ。
「君が余計なことをあいつにいうからだよ。僕が来た事を言わないでくれ、後々面倒だから」
「僕じゃないです。誰かに聞いて知ってるみたいですよ。ほら、最近はマンションの人たちがお見舞いに来てくれるから」
 クラシスは盛大に舌打ちした。日頃紳士ぶってるクセに、こんな時ばかり子供みたいな反応をする。
 ……いや、常に子供のような反応をする奴だという者も大勢いるが。
「トレイル君、ちょっと散歩しないか」
「え……でも僕、病室に戻らないと――」
 クラシスに頼まれ、カノンの介護人として病室で寝泊りしてるトレイルだ。もしもの事態に備えて、いつでも連絡が取れるよう、せめて病院内に留まっていたい。
「そんなのほっときたまえ。レイランだって居るしマンションの人たちも来てるんだろ? 大抵のことにはあの人たちで対処できるさ」
「でも、僕がいなかったっていう責任問題が――」
「そんなの、僕は知らないね」
「そ、そんなぁ〜、元々は船長の責任でしょうが。船長が部屋に居るべきなんですよ?」
 大事な用があるからカノンの病室に居られない、だから君が常駐してくれないか――最初にそう言って、無理矢理トレイルを呼び出したのはクラシスのクセに。
 講師として担当している幼年科の期末テストの為に一度シラトスに戻ったトレイルを、今度はカノンが「どうせ一人でいるんでしょ? 暇なら私のところにクリスマスのプレゼント持って来て。私と一緒にお祭りに参加してよ〜、じゃなきゃママにいいつけちゃうんだから!」なんて無茶苦茶言って呼び出すし。まあ、二人ともしっかり往復分のチケットを送りつけてくるだけ、まだ良心的なんだろうけど。
 とはいえ――このままではいつまでたっても新米扱いのまま、この二人に振り回され続けるような予感がするトレイルだったり。
「大体、貴方は無精すぎるんですよ! 飛行船の修理も、小切手帳の手配も、〈十二師〉のみんなとの連絡も、仕立て屋の代金請求先も……どうして僕が代わりに修理したり手続きしたり連絡網作ったり支払ったりしなきゃならないんですか。酷いですよ、面倒ごとばっかり僕にやらせるなんて! 僕は便利屋じゃないんです、花屋なんですよ、お・は・な・や・さ・ん!」
「ああ〜、そいつは悪かったね。ではこれからも、イロイロよろしくね」
「……あんた、僕の話聞いてないでしょ……」
 情けない声をあげるトレイルを置いて、クラシスはさっさと待合室の長椅子から立ち上がる。燕尾服の男はトレイルより確実に頭一つ高い場所から彼を見下ろし、そしてスタスタと病院の中庭に向かって歩み始めた。まるで踵を床に叩きつけるような歩き方だ。トレイルは慌てて後を追おうとし――長椅子に忘れられたクラシスの円筒帽に気づいて拾い上げる。
 クラシスの帽子の管理は、彼に付いて歩くカノンの仕事だった。別の用件で頭が一杯の時、クラシスはよく帽子を忘れてしまうから。こんな所で、カノンの居ない事を実感するとは思わなかったが。そして、船長の頭の中がフル回転している事を確認させられるとは。
 やはり『あの件』なんだろうか――トレイルはクラシスの姿を追ってロビーを小走りに駆けた。



 トレイルが帽子を抱えて追いついた時、クラシスは既にマッチから紙巻煙草に火を移そうとしているところだった。
「あれ? 船長、煙草やめたんじゃないんですか?」
「うん。でも今は煙草を吸いたい気分なんだ。そこの売店で売ってたから、一箱だけ買ってね」
「病院の中庭で煙草って……売ってるんですか?」
「禁煙用だってさ。無煙でニコチンが少なめ。実にまずいよ、ペンキよりまずい。すぐに止められそうな気がするぐらい」
「……念の為に聞きますけど、ペンキなんて食べたことあるんですか?」
「……」
「あるんですね?」
「本当に子供だった頃のカノンが、ご丁寧にパンに塗ってくれたんだよ。急いでたから気づかなかったんだ」
 面倒そうに答え、それでも船長は煙草をふかし続ける。
 しばらく無言で中庭の散歩道を歩く。ハイペースで煙草を消費する彼の姿に、トレイルはクラシスなりの焦りを感じた。
 トレイルの数えただけで十六本目の、なかなか火を灯さないマッチを何度も擦りながら、クラシスはぼやいた。
「不器用なもんだ」
 長身に見合った大きな手で、小さなマッチは更に小さく見えた。
「僕のせいか」
 唐突な呟きは湿ったマッチの事ではなくカノンの事だと気づき、トレイルは船長の薄紫の瞳を覗き込む。苛立ちに目を細めたトレイルの仮師匠は、チラリとトレイルと視線を合わせ、更に不機嫌そうにマッチを睨んだ。
「……船長のせいだけじゃないですよ。みんな、船で二人がどんな生活をしてたか知らないからあんな酷いことが言えるんだから――」
「慰めはごめんだ」
「でも――」
「トレイル・トリルアーガス」
 苛立ちの感情を必死に押し殺しているのがわかる声色で船長は囁き、何度か感情を紛らわそうと、その両腕を呆れたといわんばかりに広げ、右手のステッキをクルクルと回転させて見せた。
 だがそれでも湧き出る怒りを抑え切れなかったのだろう、彼は大きなため息をついた後、唐突にトレイルの胸倉を掴んだ。
「僕を見損なうな。自分のやってしまった失敗ぐらい自覚してる。僕があの一家にとって疫病神なのも、僕が鈍感過ぎるのが原因なのも、僕がここでこうしてのうのうと生きてる事が全ての原因なのも、全部知ってるさ!」
 アプローチに失敗した。そんな言葉を思い出しながら、トレイルはどこからこの状況を整理しようかと必死で頭を回転させる。空回りで名案なんぞ浮かばないが。
「……あの……でも――」
 漏れる言葉はたいして意味のない言葉ばかりだった。
 対して船長と呼ばれる男は元より饒舌だ。まずは二時間黙り込んでいた分を、短く一気に吐き捨てる。
「僕が馬鹿だったんだ。カノンが僕を許してくれてるって勝手に思ってた僕がね。ああ、わかってるさ、君に今更指摘されなくても、君にわざわざ慰めの言葉をかけられなくても、全部知ってるさ!」
「船長、僕の話も聞いてくださいよ」
「イ・ヤ・だ。君の事だ、どうせ綺麗事を並べてハイ、おしまい。そうだろ?」
「そんなつもりは、ありませんよ。ただ僕は――」
「君に、何がわかるっていうんだ」
 鼻先が触れ合いそうになるほど顔を近づけて、クラシスは低い声で囁く。トレイルを脅すように、その心に恐怖を植えつけようとするかのように。女神に仕える『空を行く者』の一族らしく。
「君に何がわかるって? 一緒に育った仲間から裏切り者あつかいされ、アキの信者どもに命を狙われ、同族からは元凶だと呪われ……おそらく一番僕を恨んでるだろうっていう子供と寝食を共にして、そいつにいつ殺されるかわからない時間を何年も過ごして! なあ、たった数百年しか生きてない君に、何がわかるっていうんだ? この僕の、彼女への忠誠と想いが、どれだけわかるっていうんだ!」
 聞く耳もたないとはこの事だ。このまま大人しく聞いていても埒があかない。
 トレイルは力任せに、首を掴んでいるクラシスの手を振り解いた。
「綺麗事を並べようとしているのは、船長の方でしょう!」
 クラシスは一瞬驚いた顔をし――まさか日頃は大人しいこの教え子に反撃されるとは思わなかったのだろう――すぐに、先と同じムッとした顔に戻った。黙れと言わんばかりのその顔に向かって、トレイルは急いで言葉をたたみかける。
「何ですか、今の? 船長らしくもない、お涙頂戴の悲劇のヒーローですか? ふざけないで、もっと現実を見てくださいよ! カノンが船長を許してないって、そんな事、カノンが言ったことがありますか? カノンが船長を傷つけるような事をした事あります? カノンは……カノンは――」
 言いたい事が多すぎてどこから話し始めればいいのかわからなくなるトレイルから、煙草をふかす船長は目をそらした。
 トレイルの興奮を目にし、自分を振り返ったのだろうか。先とは打って変わり、いつもどおりとは言いがたいが落ち着いた口調で囁く。
「それはカノンの中にある教育プログラムの成果だよ。アキが母親の権限でカノンに植えつけた奴だ。幼いカノンの力が暴走して僕ら弟子たちを傷つけないよう仕組んだ、生まれつきの行動様式なだけ。特に僕はアイツの面倒を任されていたからね、僕への好意はただの擦り込みだよ」
「……そんな風に、カノンを見てたんですか?」
 船長は本当にそんな風に思ってるんだろうか?
 本当に恨んでるだけだとしたらなら、どうしてカノンは船長を陥れたり、得意のナイフ捌きで彼の喉を掻き切ったりしないのだろう?
 カノンは五歳なのだ――自分たち彼女の弟子たちと同じように長命という呪いを与えられ、その人格パターンには大人の姿や思考もストックされてはいるのだが――それでも彼女はやっぱり、変わらぬままの五歳の部分を保有している。
 子供であり大人、大人であり子供――それが『道化師』であるカノンだ。
 その子供が、いくら父親を殺した人間だとはいえ、大事な家族の一員だった男を簡単に殺せるだろうか? 長い時を共に過ごし、イタズラ好きの義兄として慕ってきた男を、疑惑の多い事件の容疑者だからといって簡単に切り捨てられるだろうか?
 カノンはこのクラシスという男が好きなのだ。おそらく、クラシスが思っている以上、思っているより長い時間、カノンは彼への想いを大きく育ててきた。当然のように船長は、カノンの中で大きな存在感を持っているのだ。その存在をカノンは消し去ろうとするだろうか。
 トレイルは確信している。答えは否だ。
 だが憎らしいことに当の本人は、カノンのその気持ちを全く理解してないときてる。
 それどころか――『ただの刷り込み』だと?
「そうだよ。何か問題でもあるかい?」
「正直言って、呆れました。まるで人形扱いじゃないですか」
「そうかい。そう言われればそうなのかもしれないな。全くもって恐ろしい人形だなぁ……一体どんな術構造であんなのができるんだか。あの人の造ったものはなんでもそうだ。『白月』もブラックボックスが多すぎて、普段の――」



「……いい加減にしろ」



 トレイルは自分でも自覚してないうちに魔術を組み上げる。彼の得意な、植物を意のままに操る力だ。彼の力を受けて、中庭の木々がざわりと蠢いた。トレイルの術意に沿って、その枝をグニャリと不自然に動かす。思い思いに伸びた枝の先端を針のように尖らせながら。
 だが危機を察するのは、そして行動も、船長の方が一歩早い。戦闘の経験数が絶対的に勝っているからこその反応だ。ある弟子に言わせれば、この能力があるからこそ、クラシスがトレイルの教育係に命じられたのだという。
 船長はトレイルの腹部に向かって、手にしていた杖を目にも留まらぬスピードで繰り出していた。横殴りの容赦ない一撃だ。人を圧する為に生まれた彼の一族の、その腕力が作り出す風切る音。
 トレイルもとっさに術をキャンセル、自分の体の前面に空気の塊を設置しようと、一度バラバラにした術式を立て直そうと試みる。不完全な形ながら杖の先端に向かって術が発動した。
 篭った音が二人の間で轟いた。空気の壁と風切る杖がぶつかりあい、そして杖の側面がトレイルの腹部を叩いた音だ。
 咄嗟の判断で即、防御に徹したからこそ、その程度の打撃で済んだが……もし間に合っていなかったら、まず間違いなく吐瀉物を撒き散らしていたに違いない。杖の描いた弧の延長上に吹っ飛び、通路脇の芝生の上に仰向けに転がったトレイルは、防ぎきれなかった杖の威力に痛む箇所を押さえ、全身を振るわせた。のた打ち回ることすらできない程の激痛と悔しさが彼の息を荒げさせる。
 トレイルは弟子達の中でも一、二を争う潜在能力の持ち主だと言われている。彼が感情に任せて暴走させる力をたった一人で封じられる者は、彼らの師匠であるアキだけだ。だからこそ、その魔術が完成する前に攻撃を繰り出し魔力を散らしてしまうだけの勘と素早さ、腕力が必要になる。
 そしてクラシスは、未知の脅威を純粋なる暴力で叩き潰す。自己の辿ってきた人生の経験と、女神が彼の一族に植えつけた闘争本能の導くままに。
 苦しむトレイルを見下ろし、クラシスは何事もなかったかのような涼しげな態度で呟いた。
「全く……相変わらず危険な男だねぇ、君は。未だに気に入らない奴は暴走ドッカーン、かい?」
 ため息をつきながら、船長は杖で自分の肩を叩いた。自分の無茶な攻撃は棚にあげてだ。
「その暴走癖、なんとかしたまえよ。仮にも魔術学院の講師なら。いつか教え子を殺しちゃうぞ?」
「ほっといて、ください……」
 痛みに上がる息の下で返した言葉を、クラシスは鼻で笑った。
「ほっとけないね。ほっとけるほどの人間なら、僕だって君を殴って止めたりしない」
 咥えていた煙草を芝生の上に投げ捨てて踏み消すと、船長は転がっているトレイルの腕を取って無理矢理立たせる。
「さて……こんな失態を誤魔化してくれた彼に礼を言わなきゃな」
 腕を引かれると、痛みに緊張した腹部が引きつってビリリと痛んだ。うずくまりそうになるトレイルの体を、船長とは別の体が支える。
「慌てる事はないぜ、坊や。急ぎじゃないんでな」
 自分の腕を引きあげる新たな手と東方の島国訛りで笑う声に、トレイルは顔を上げる。
「……ユーキチ、さん……?」
「ユキチだ、馬鹿野郎。いい加減覚えろ」
 兄弟子の一人であるユキチは、四角い顔を笑いの形に歪め、健康的な歯茎と真っ白な歯を見せた。実に東国人らしい、さほど背は高くないががっちりとした背に小柄なトレイルを背負いながら、クラシスに話しかける。
「こんな所で暴れんなよ。経営してるレイランの身にもなってみろよ、収入が無くなっちまうだろ。可愛い妹弟子を路頭に迷わす気か?」
「お前こそ、トレイルが暴走する前に出てきて欲しかったね。こそこそ後なんかつけて……幻覚壁(スクリーン)で隠してくれたのは感謝するけどさ」
 二人が喧嘩する姿を病院関係者の目に入らないよう、魔術で覆って隠していたのだろう。
 トレイルは頭に血が上っていた事をあらためて認識した。そんな初歩の魔術すら感知できないほど興奮していたなんて、名誉ある〈十二師〉の一員として恥ずべきことだ。まあ、トレイルの注意力以上に、兄弟子であるユキチの魔術の腕が良いのかもしれないが。ユキチもまた〈十二師〉の一人なのだから、腕がいいのは保障済みだ。
「いつからコソ泥みたいに尾行するのが趣味になったのかな?」
「気づいてたのか?」
 フンと鼻を鳴らし、船長は杖で自分の右肩を叩いた。
「ユーキチ、私を誰だと思ってるんだい?」
「鳥頭の兄弟子、だろ? じゃなきゃ俺の名前はユキチだと知ってるはずなんだがな。違ったか?」
 日焼けした顔に歯をむき出しにし、ユキチは笑った。
「で? 例の件の腹は決まったかい?」
「何の話だ?」
「決まってんだろ。カノンの記憶を『白月』に移す、ムーのアイディアの事さ」
 クラシスは再び、眉間に深いタテジワを浮かべて黙り込んだ。


〈「彼の沈黙」・了(続?)〉



←PREV | 『白月』の船室 | Home | NEXT→
01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10
11 | 12 | 13 | 14
・「この話、面白いかも」と思ったらポチリとお願いします。

copyrights (c) 2001-2017 suzu3ne@CloudCollector'sVector(2CV) All rights reserved.