x 10・防世界(後編)

10・防世界(後編)
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「さて……私の事はともかく、そろそろ貴方の事を教えていただけませんか? ここに来れる人間はほとんどいないはずなのでね」
 クラシスの問いには答えず、酒上はカノンに目を向ける。ハクゲツが用意したものなのか、いつの間にか新しいアイスティーのグラスを両手で抱え、ストローを咥えていた少女。彼女は酒上の視線に目配せして、仕方がないわねと呟く。プッと音を立てて口元のストローをグラスの中へ飛ばすと、面倒な事を話す調子で足をぶらぶらさせた。
「ハクゲツから聞いたでしょ? ここには入り口も出口もないの。私たちは貴方に何もしないし、貴方に危害を加える奴らの味方でもないし。私たちはここで、時が満ちるのを待ってるだけ。ここに存在することそのものが目的でしかないの。だから安心して、貴方の事を教えてちょうだい」
「私の名前すら突き止めた貴女が、これ以上私の何を知りたいっていうんですか?」
 カノンは肩をすくめて見せた。先にクラシスがやってみせたものと同じ調子で。
「〈人格波動〉《ペルソナウェーブ》で読み取れる情報には限りがあるわ。もちろん、〈人格波動〉が個人情報の拡大された意識物理化現象の副産物である複合文様である事を考えれば、個体の全情報を読み取れないこともないでしょうね。けど危険すぎるの。貴方の情報を読むって事は、貴方と私の〈人格波動〉を外見情報の崩壊手前、ギリギリまで共振させる事だからね。大体、貴方を既定する情報以上に、瞬間瞬間に成長する文様を読み取ろうとして私の〈人格波動〉と触れてしまえば、貴方か私の〈人格波動〉が乱されて全くの別人になってしまうかもしれない。貴方は頭が良さそうだからわかってもらえると思うけど、〈人格波動〉の乱れは個体存在の乱れになるし、個体存在の乱れは別個体への変化になる。それまでの存在が消滅するって事ね。だから、無理に貴方を知ろうとすれば、どちらかが消滅する事になっちゃうかもしれないってこと。ちょっとした大博打ね」
 少女は一瞬、真顔で「それも面白いかも」と呟く。
 真顔で囁かれた物騒な言葉にクラシスがぎょっとする。まるで年頃の娘の恋愛話を聞いた父親のように。その気配で目が覚めたのか、小さな女主は「冗談、冗談よ〜」と快活な燕尾服男に苦笑して見せた。良く知らぬ酒上が見ていただけでも、十分本気に見えた呟きだったのだが。
 顔に似合わぬ言語を操りながら、カノンは明らかに言葉の内容を理解していた。問うつもりもなかったが、酒上が心的現象物理反映値判定式――酒上の母親が定義した、〈人格波動〉の一般数値化計算公式だ――を提示して説明しろと訊ねれば、きっと簡単に書きとめてくれるに違いなかった。
「とにかく、貴方を知る為だけに変な事態を招きたくないの。気になるのなら、こうやって話せば良いだけだしね。それにちょうど良い暇つぶしになるわ。外の世界の様子はわかってるけど、ここでずうーっと遊んで待つだけってのも、つまんないんだもん」
 なるほどと酒上は頷く。だが、自分の事ばかり話すのは理不尽だ。フェアにやってもらいたい。
 アリスは、永遠に続くお茶会に参加したくて時計ウサギを追いかけたつもりはないのだ。
「話したら、貴女のことも教えてくれるんですか? ここから出る方法も?」
「場合によっては。でも私は――」
 カノンは大きな瞳を酒上の手元へ注ぐ。紫と金のゴブレット。
「――ギル・ウインドライダーの創作物を貴方が持っている事をまず知りたいの。あの人に関わった人間は、大抵ロクな人間じゃないからね。マトモな人間はすぐ死んじゃうし」
 『聖杯』を一目見ただけで〈ギル・コレクション〉の一つである事を看破したのだろう。表層の情報しか読み取れないような事を言っていたが、ここで下手に隠しては不信の念を植えつけるだけだ。酒上は、自分に有利な決定的情報を引き出すまで余計な隠し事は出来ないぞと、腹を括った。
「彼をご存知なんですね?」
「ご存知もなにも。私の母が長年苦労させられてるんだもの、嫌でも知ってるわ」
 できるだけあっさり切り出そうと心がけながら、酒上は告げた。
「彼は……もしかしたら私の父かもしれない人です」
 さっと場の空気が冷えるのを感じながら、酒上は努めてゆっくりと、落ち着いて先を続ける。
「これは彼に頂いた物で、まあ、その時分には彼が父かも知れないなんて知らなかったんですが。普通の感覚なら、あんな人を父親だと思いたくありませんしね。私もまだ信じがたいところがあるのですが」
 「あの人が? まさか」と打ち消したのはクラシスだった。驚愕と恐れに表情を曇らせ酒上を睨んだ彼を、カノンが即座に「黙ってて」と制する。そう、この場所の主に相応しい威厳で。
「貴方がギルの息子かどうかを確認する事は簡単だけど、今はやめておくわ。少なくともあの人は自分の子供がいるって認める人じゃないし、私も聞いた事が無い。何よりもギルが自分から認めない以上、下手に断言してあの人の怒りを買ったら面倒なことになるだろうし。ギルが作品を渡したのにも関わらず関係を隠してるとしたら、何か意図しての事でしょう。どう、ハクゲツ?」
「同感です。かの御方は敵にまわさぬのが得策でしょう。……船長はどうお考えかわかりませんが」
「私かい? 私は彼に関わりたくないよ。どんな形でも、だ。理由は言わずともわかるだろう?」
 クラシスがため息をつきながらぼやくのを聞いて、酒上は戯れに『聖杯』を手の中で転がして見せる。
 どうやらこの世界の住人はギルをよく知っているらしい。トレイルのことも知っているという事は、皆が魔術師の類なのだろうか。
「トレイル・トリルアーガスは裏切り者よ」
 またしても心を読んだらしいカノンがさりげなく口を開く。
「私たちの仲間をみんな殺したの。家族同然のみんなをね。アイツの兄弟子だった人たちばかり。警戒はしてたんだけど、アイツの行動力の方が一枚上手だったってわけ。あんなに早く決断するとは思わなかったわ、しかも間違った方向に……ちなみにどうして私を残しておいたのかっていうと、最後の手段にとっておくつもりみたい」
「最後の手段?」
「この世界を外の、貴方達の世界と接触させて――」
 「カノン」とクラシスが今までとはうって変わった、厳しい声をあげた。
「『道化』がうずいてるんだろうけど、それはダメだ。この場所の目的を忘れるんじゃない」
「船長、ご主人様が口にしようとした事項は、トレイル様のいらっしゃる世界において、現在『精霊』ならびに『三聖人』を含む計34人によって認知されている事実です。この方にお知らせしても特に支障はございません」
 クラシスはハクゲツを睨みつけると、厳しい顔つきで酒上に向き直った。
「サカガミ・ジュン」
 嫌々ながらも接待しているといった気配が満ち満ちている響き。やはり、娘を渡そうとしない父親のようだと、酒上は心中で苦笑した。そして、自分の上司の険しい表情を脳裏に浮かべる。彼も酒上と自分の妹が付き合うのを良しとせず、似たような雰囲気で酒上に詰め寄ったりする。
 酒上は内心の笑いを表に出さないよう、慎重に声を絞って
「なんでしょうか?」
「君がどんな力を持っているのかは知っている。ここで話している間にカノンがゆっくりと、細部にわたって情報を取り込んだからね。先には読めないような事を言ったけど、君が思考する事によって表層心理と表層記憶は幾重にも塗り替えられる。深部こそ触れれば危険だが、上澄みだけならの読み取りなら比較的安全だからね、ずっと読ませてもらっていた。それを少しずつ解釈していけば、君の事も随分とわかってくるもんだ。そして彼女のモノである私達は、その情報を共有している。だから君が……あのカガ・ヒサシと同じぐらいに危険な人物であるという事も、知っている」
 意外な言葉に酒上は息をのむ。カガ・ヒサシ――かつて自分の人生を救った人物であり、自分が捜し出そうとしている人物であり、自分が『世界を操る者』となるには倒さなければならない敵。
 つまり唯一の『適応者』。現在の『世界を操る者』だ。トレイルが『主』と仰ぐ人物であり、そのトレイルに世界を破滅させるべくつきまとわれている人物。まさに『死神』に手を引かれて歩く『現世の王』。
「ヒサシ様の事もよく知っています。彼はトレイル様以外の人間でここを訪れた、最初の部外者でした」
 ハクゲツが無表情に、カノン同様の読心術で応じる。いや、クラシスの言葉を信じるなら、カノンの読み取った酒上の情報を受けての発言なのだろう。
「ご主人様とヒサシ様の考えは一致しました。現状を維持する事を最優先とする、ただし、強硬なる維持は認めないと。〈西方協会〉の方々も概ね賛成してくださいました。しかし、ギル様が既にこの世界において出現している以上、何らかの変化が訪れる時期でもあります。世界自身が変化を望むなら、我々は現在を無理に維持するつもりはないのです。そしてその変化の一端が、『かつてあった世界』には存在しなかったヒサシ様やサカガミ様と考える事もできましょう」
 よく考えれば、トレイルの事をよく知る人々の事だ、ヒサシの事も、自分たちの上司たちの事も、そしてギルの事も、酒上なんかよりずっとよく知っているに違いない。
 ハクゲツの言葉を受け、クラシスは続ける。
「だが君が本当にギルの息子であろうと、偶然ちょっとばかり力のある若造だろうと関係ない。君がこの世界をトレイルのように利用する可能性がある以上、僕は君に――」


「まさか。彼は僕のようなやり方はしませんよ」


 何度も耳にした事のあるその声。他者への嘲りと自嘲と空ろと、そして目標を持つものだけが発する事のできる快活さを含む響き。それが聞こえた瞬間、酒上は反射的に『聖杯』を目の前の円卓に叩きつけた。
「『催』!」
 酒上の設定した心理紋と音声コードに反応し、『聖杯』が起動、その底から音を立てて吹き上がる赤紫色の水柱。天井にぶつかると、床へ零れた時のように広がって、室内を赤紫一色に染め上げる。色の変わった部屋は、グネグネと身悶えし、そのあおりを整然と立ち並ぶ本棚に向ける。連なる本棚は中央に向けて――トレイルに向かって、ドミノ倒しの要領でバタバタと倒れ、最後にトレイルを押しつぶそうと四方から襲い掛かる。
 どこからやって来たのか。この部屋の半分、永遠に続くかと思われる本棚の陰から姿を現した黒衣の『死神』は、酒上の酒精が操る突風と本棚の雪崩を、手にした杖の一振りでぴたりと止めてみせた。その足元には魔術の発動を助ける巨大な構成盤がいくつも重なりながら乱れる事なく穏やかに瞬き、杖の握りにはめられた紅い玉に浮かび上がった魔術円に反応している。
「やめて、サカガミ。無駄にこの場を傷つける必要は無いでしょ。トレイルもその無粋なものを消して頂戴」
 カノンの落ち着いた静止の響きを受け、トレイルも苦笑交じりに足元の魔術円の煌きを消した。
「そうだよ、やめなさい、サカガミ・ジュン。せっかく君を助けに来てやったのに、酷い歓迎じゃないか」
 冷たい微笑みを浮かべ、童顔の青年はこの場の主賓に向かってわずかに頭を傾げた。
「久しぶりだね、カノン・アギエ。『三聖人』が嫌味な程頑張ってるおかげで、君の出番がずいぶん遅れてしまっているけど。待ちくたびれてる気分はどうだい?」
「貴方が来るまでは上々だったわ、トレイル・トリルアーガス。『高潔なる皇帝』レザミオンが予想以上に扱いにくくて困ってるようだけど、手伝ってあげようか?」
「結構だね。貴女からの手伝いなんて、そこの幽霊を私達の世界へ出張させるぐらいだろう? こちらから願い下げだ」
 一転した軽蔑の眼差しをクラシスに投げかけ、手の杖の先端を攻撃的に向けた。
「さっさと消えろよ、偽者。『最大個体記録再現像《オリジナルメモリー》』でもないクセにでしゃばるな」
 クラシスはさっと顔を強張らせると、引きつった笑みでトレイルに目を据えた。
「なるほど、君の言うとおり、私は幽霊であり偽者でもある。本物の記憶は全部頭の中に残ってもいるがね。だが、ここはまだ『防世界』だ。私の『主』であるカノンが私を必要としている以上、なんと言われようと下がるつもりはない。君と争う覚悟だってある。それ以上私や私のカノンを侮辱するなら、相手しようか? カノンが構わないのなら、今ここではじめようか」
 話しながら興奮してきたのだろうか。少しずつ凄みを増す言葉には重みがある。それを、あはっと、トレイルは軽薄な笑いでかわして見せた。
「なら、ますます場違いだ。幽霊ならば幽霊らしく、もう一度私の為に死ね。いや、目障りだから僕の手で殺してやるよ、二度とそんな口が叩けないようにな!」
 クラシスがトレイルの言葉に対し反射的に立ち上がる。
 トレイルは手にしている黒杖を構え、不敵な笑みで迎える。足元に再び巨大な構成盤が浮かび上がり、この世界を笑い続ける男の感情のままに瞬いた。
「やれるかい、偽者船長? いまや翼も『紅月』も持たないあんたが、自分の教え子を八つ裂きに? 私はできるよ。あんたが偽者だってわかっている以上、手加減する謂れもないし、あんたの失った物は全部を持ってるしね。欲しいなら僕を殺して持っていけばいい」
 クラシスが何か言いかけながら、戦闘的に右手を構えつつトレイルに向かって歩き出す。
 それをハクゲツが右の肩を引いて止めた。
「船長、ご主人様の声が聞こえないんですか?」
「わかってる。だけど僕は彼の――」
「船長、絶・対・に・ダ・メ、です」
 同じ顔の二人が、片方は苛立ちと怒りを露わに、片方は機械の平板さそのままに、額を突きつけあって睨み合う。カノンが兄弟喧嘩を眺める母親のように冷めた目でそれらを観察し、その反面、面白がって手を叩くトレイルがいる。
 それらを確認し、酒上は『聖杯』を手に立ち上がった。
「トレイル。そんなに暴れたいなら、侮辱する相手が違ってますよ。ここじゃない世界で、貴方の相手は幽霊なんかじゃない。この私のはずだ」
 酒上の言葉に、トレイルは笑いを吹き出した。
「あははははは、相手が違ってるのはどっちだい、サカガミ・ジュン? この『死人の世界』じゃ、生きている君の方が場違いだっていうのに」
 確かに、この場においての酒上はただの異邦人に過ぎない。カノンたちに自分の力が通じなかった事同様、自分の力がトレイルに通じるかどうかわからない。更に、彼らとトレイルの関係にいたっては、完全に理解できたとは言い難い。だが、この一触触発の場を作り出した原因が自分の不注意――ここへやって来てしまった事なのであるなら、やはり身を呈してでも、目の前の小さな少女とその従者達を守るべきだと考えたのだ。
「さっきいただいたお茶一杯分の労働は返しておかないと、寝つきが悪いんですよ」
 軽いジョークのつもりだったが、トレイルはそれをあからさまにあざ笑った。
「ホントに君は、ある意味において船長に似てるな。空気の読めないところとか、変に義理堅いところとか、ね。気持ち悪い。さっさとヒサシ様の為に死んでくれないかな? 君は彼のお気に入りの一人だから、きっと凄く悲しんでくれるよ。『あっちの世界』を壊したくなってくれるかもしれない」
「あいにくと、私の辞書には『死』の代わりに『ラブ』って書いてあるんですよ。そして今、貴方が立っているのは〈酒神の舞台〉《デュオニュソスのステージ》、つまり『この酒上純《わたし》の世界』です」
 ギュンと、杖を握るトレイルの腕が後方に捻られた。首はその腕の逆方向へ、急激に加わった力で音を立てながら捩じられる。そのまま捻じ切ってしまいそうな勢いで。トレイルの大きな黒色の瞳が、驚愕と痛みと塞がれた気道からの圧迫で飛び出さんばかりに見開かれる。
 物理法則すらも支配する酒上の能力が、トレイルの体の〈人格波動〉を狂わせ、酒上の意のままに動き出したのだ。
「酔え、死ぬまで踊れ!」
 酒上の静かな怒声を合図に、トレイルの体がギクシャクと、壊れる事を厭わぬ思い思いの方向へ、操り人形のように動き始めた――と、次の瞬間、まばゆい輝きが空を切り裂く。視界を一瞬真っ白にしてトレイルと酒上の間に割って入ったのだ。輝きは酒上の能力を打ち消し、天井に張り付いて〈舞台〉を構成していた紫の液体をも蒸発させる。
 先に攻撃を受けて痛んだのだろう、顔面を押さえながら〈死神〉と呼ばれる男は低く轟く、怒りの叫びを放つ。
「死ぬのはお前の方だ、出来損ないめ!」
 トレイルの背から大きく広がった白い光の翼。角度によっては黒色に変化するその翼は、斑に点滅しながら羽ばたき、酒上の作り出した〈舞台〉を完全に打ち消してしまった。そして、その先端を尖らせて酒上に襲い掛かる。
 酒上はとっさに『聖杯』の中身を自分の前方にぶちまける。赤紫色の霧が強化固形ゴムのように凝固し、翼の先端を食い止めた。
 安堵する間もなく飛び退ってその場を離れ、瞬時に満たされた『聖杯』の中身を床に撒いた。蛇のようにも蔦のように見える動きで走り出した液体は、途中で床と同化し、強固な石の紐となってトレイルの足に絡みついた。それをトレイルは臆する事なく翼の一撃で払い落とす。硬度など問題にしていない。すっぱりと断ち切られた石の紐の断面は、顔がうつりそうな程。死神の背負う不可思議な翼の鋭さを言外に予感させる。
「だからさ、ホントにいい加減にして頂戴! やめなさい、サカガミ、そこまでよ! また無理矢理止めて痛い目にあわせるわよ! トレイル、貴方もそこで終わりよ。この場所の意味を忘れたの? 私やママを恨むのは勝手だけど、この場所はまだ、貴方にも価値のある場所でしょうが。暴れてどうしようっていうの!」
 カノンの甲高い声が響き渡る。驚いたことに、カノンの声と姿は、二十歳前後の女性のものに変わっていた。ハクゲツとクラシスが彼女を守るように前に立ちはだかっている事と、踝までのびてふらふらと揺れる長く美しい真紅の髪がなければ、カノンだと気づかなかったかもしれない。
 彼女は大きな漆黒の瞳で、酒上とトレイルを順に制した。
「いいか、二人とも」
 その言葉は、いくつもの音色をもって発せられた。男の声のようでもあり、女の声のようでもあり、老人のようでも子供のようでもある。不協和音すら思い出させる地鳴りのような声の連なりには、不思議な強制力があった。
 これが目の前の女性の口から発せられているとは、にわかには信じがたい。
 どこかハクゲツにも似た仮面のような無表情で、カノンは厳しい口調で告げた。
「ここは『防世界』、過去を保存し、失われし未来に繋ぎ合わせる為の場所だ。今ある世界において未来あるお前達が好き勝手していい場所ではない。それでもやるというのなら、『黒の書物』と『誰も知らぬ者』の名において、この世界の主たる私が相手しよう」
 一時の沈黙。
 そして、トレイルは鼻で笑いながら、了承の印に高エネルギー体の翼を消した。
「あははっ、そこまで言われちゃ仕方ないな。カノン、君へではなくこの『防世界』に残されたみんなの為に、手を引くことにするさ。そもそも、私はここを壊したくてやって来たわけじゃないしね」
「……生き物はみんな死ぬわ。早いか遅いかだけ。だからあの人が死んだのは貴方のせいじゃない。あの人も生きていたら絶対にそう言ったはずよ。それに、私の中に残っているあの人の事も、貴方は偽者だと言った。だから……貴方がやろうとしているのは無意味だわ。貴方の知っている彼だけが本物だと言い張るならば」
「それは今の世界が残っているからだ。この世界が本物になれば、君の持つ船長の『最大個体記録再現像《オリジナルメモリー》』が本物になる。それまでここは守らなきゃならない。そうでしょう? だから貴女も私に『白月』を預けた」
 トレイルは意地悪く笑いかけ、黒いトレンチコートのポケットから――この事態の発端となった、あの不思議な懐中時計を取り出して見せた。
「全部、ここを守るためにだろ? 圧縮された『白月』の『マイナス現象値《影》』だけが、『この世界』と『あの世界』との唯一の接点だからね。繋がりの全部を断ち切るわけにはいかないが、存在を残すわけにもいかない。だから力を内側に向けた裏返しの歪みだけを残しておく、と。……単純だが難しいね、神々のルールは。ムーが居なくなってから随分たって、やっとそこまで理解できるようになったよ。彼ぐらいは残しておくべきだったかもしれない」
「ええ、理屈じゃそうなるわ。ムーの事はもう少し早く気づいてもらいたかったけどね。私も研究してもらいたい事がたくさんあったから。……だけどトレイル、誰も『この世界』の為に『あの世界』を攻撃しろとは一言も言ってないのを思い出して。私も、母も、父も、そして船長も。それでも……貴方はまだ、あの世界を破壊するつもりなんでしょ? 誰もそんな懺悔は望んでないのに? あの人もそんな事は望みはしないのに? それは貴方だってわかってるんでしょう? なら、血反吐吐いて体を売ってみんなの恨みを一身に受けて、そんな努力なんて意味なんてないじゃない」
 即座にトレイルが何事か口走る。酒上にはふざけるなと、聞こえた。
「あの時も今までも、ここで何もしなかった君にとやかく言われる筋合いはない! あの人があの時死ぬはずだとわかっていたのに、それなのに。本当に裏切ったのは僕じゃない、お前たち神々じゃないか」
 冷笑でカノンを黙らせ、トレイルは手の杖を抱えるように持ち替えた。
「やっぱり来るんじゃなかったな。ヒサシの命令じゃなきゃ放っておいたのに……ここの奴らのおままごとには、毎回吐き気がするんだ」
「何がおままごとだって、トレイル?」
 クラシスが先の怒りのままに聞きとがめる。
「その、ままごとの理屈で世界を構築しなおそうとしている君に、我々を非難なんて――」
 『死神』と呼ばれる男の、大きく鋭い、苛立ちのため息が船長の言葉をさえぎった。
「貴様は……船長の声で私の名を呼ぶな!」
 酒上は初めて、常日頃は嘲笑と冷笑を武器とするトレイルが、心底からの憎しみで顔を歪め歯をくいしばる姿を見た。それは逆に、かつてこの二人の間にあった大きな感情の繋がりを予感させる。そして、その繋がりの終わりをも。
 トレイルの杖が力任せに振り下ろされると同時に、青白い閃きがこの世界の三人を襲った。酒上が『聖杯』を再起動させるよりも早く、ハクゲツが他の二人の前に飛び出して両腕でガード、衝撃でよろめく。その腕が燕尾服の袖ごと裂けていた。剥き出しの筋繊維が極めて細い赤色の針金の束のように覗いていて、後れ毛のようにパラパラと袖周りに広がる。だが……本人はいたって平然としている。トレイルは黙って二撃、三撃と、幾度となく攻撃を繰り出したが、従者は続けて壁になる事を当然のように受け入れた。攻撃を受ける度にハクゲツの体が揺れる。
 見ていられなくなった酒上は『聖杯』を持ち上げようとし――動かない自らの体に愕然とした。そっとカノンを盗み見る。彼女はわずかに首をかしげ、酒上の無言の問いかけに肯定の意を表した。
 そう、この世界は彼女の舞台だ。その舞台の上にあるものは、全て、彼女の意のままに操られる。
 日頃、自分が敵に対して行っている術を自らに受け、酒上は笑いたくなる自分をそっとしまい込んだ。なるほど、酷い心細さと焦燥感だ。何をしても無駄という感覚が一気に押し寄せてくる。それは恐怖だ。酒上にとっては久しく忘れていた純粋なる恐怖だ。自分が行動を起こせないという事実が、これほどの苦痛を伴うものとは思わなかった。
 そして学習する。次に自分の術を操る時、相手にどんな心理的圧力がかかるのかを予測した上での攻撃へと利用する為に。
 とはいえ、今の時点では為す術も無く三人を見ているしかない。そんな酒上の目の前で、尚もハクゲツは二人を守る壁となり続ける。船長と同じ顔で、しかし何も持たぬ空っぽの――それ故に持てる強固な意志を張り付かせた無表情で。
 その姿に興が冷めたのか、ふいにトレイルは鼻を鳴らして振り上げていた腕を下ろす。
「忘れてたよ、あんたのやり方をね、カノン・アギエ。自分以外がどうなろうと、何も感じやしないんだ」
 カノンは答えない。答えがトレイルを激昂させるだけだと知っているからだろうか。
 トレイルの言葉の間にも、ハクゲツの深く傷ついた腕は朽木のように折れ、落下しそうになる。その腕をクラシスが掴んだ。
「ありがとう、ハクゲツ。すまなかった」
 青ざめたその表情は、トレイルの怒りをまともに受けたからなのか。それとも変わらぬハクゲツへの畏怖なのか。酒上にはどうにも判断できなかった。
「だが無茶をするなよ。いくらお前が頑丈でも、最終的にはカノンの負担になるんだから」
 頷くハクゲツの腕の傷口に、クラシスは無造作にキャッチした腕を差し込んだ。ちょうど、枝を大木に接木するかのように。
 その淡々としたやり取りに驚く酒上を尻目に、従者は息も切らせず告げた。
「どうか、ここでお引取りください、トレイル様。サカガミ様」
 礼儀正しく、淡々と語り頭を下げる。
 そう、この従者は確かに人ではないのだ。そう確認できるだけの冷静さと冷徹さ。人であったら、こんな態度を続けられるわけが無い。トレイルはここを『死人の世界』だといった。なるほど、死人には痛みなどないに決まっている。生じるはずの痛みも体力も、感情も精神も、全てがどこかで制御されているかのように硬いのは、彼が死人だからだ。そう、一滴も血を零せないほどに、硬い。
 いや、どこかではなかった。
 確実に『この世界』の主、目の前の紅い髪の女が繰っているのだ。
 ハクゲツの背後で冷静に場を観察する女主人は、いまやその従者の一人とそっくりの表情で酒上を眺めていた。もはやトレイルに興味はないらしい。それとも、トレイルの相手はハクゲツとクラシスに任せてしまったということか。
 視線に気づいた途端、酒上は自分の感情に粟立つものを感じた。カノンが自分に興味を持っている理由が、予測できたからだ。それは同時に、確かに覚悟していたはずである酒上の気持ちを、そのアイデンティティを揺さぶる。 
 カノンは突き止めたのだろう。酒上自身も知らぬ酒上純の正体を。
 それをわかっているのか、ハクゲツは変わらぬ平板さでトレイルに語りかける。
「まだ我々は決着をつけるべき時ではないのです。そして、その時を決めるのは我々ではありません。無駄で無益な争いを続けるより、この辺りで手を打つ頃合ではないでしょうか? サカガミ様も、ここはどうか一つ、ご理解ください」
 酒上としては理解も難解も無い。『防世界』と名づけられた『この世界』についての興味もつきないが、トレイルは今のところ自分を助けに――しかも逃亡中の身であるヒサシからの命令で、だ――来たらしいし、『あっちの世界』とやらの様子が気にならないでもない。愛しいあの人の事も気になる。責任感の強い人だから、酒上がここに来てしまった原因が自分だと思って、落ち込んでやしないだろうか? いや、仮に落ち込んでいたとしても、酒上の前では平静を装うのだろうが。想像するだけでも愛らしい人だ。まったく。
「ああ、さっさと帰らせてもらおうか。来いよ、酒上」
 トレイルがその背の、明滅する黒と白の翼を広げた。足元のみならず、前後左右に魔術構成促進用の構成盤を張り付かせ、自らの魔力をコントロールする。出力が上がるにつれ、翼の明暗も濃くなってゆく。
 敵の手にすがって脱出する事をためらう酒上に、小柄な青年は苦笑交じりに手招きした。
「大丈夫だ、今は何もしない。カノンの保護が強すぎるからね、向こうに着くまでは保障するさ。ヒサシに君の生死を確認させなきゃならないし」
 トレイルの行動は、全てヒサシの意思に委ねられている。ヒサシの抱く未来への希望を、世界への未練を、いつかヒサシの目の前で一度に砕くのがトレイルの楽しみなのだ。それまではヒサシの従順なる召使であり続けるだろう。裏切る為の信頼を築く為に。
 ヒサシもそれをわかっている。わかっているからこそ、トレイルに酒上の救出を命じたのだ。
 完全とは言えないなりにも、トレイルを信じることはできるはずだ。
「世界には世界なりの存在理由があるわ、サカガミ・ジュン」
 トレイルに向かって歩みだした酒上に、カノンが冷たい声で言い含めるように呟いた。
「貴方の世界には貴方の世界なりの、私のこの世界にはこの世界なりの存在理由が。そしてそれは、人が存在するのと同じように存在するの。設定されたパターンとしての物質化。人間と同じように、世界もそれを持ってるわ。規模が大きすぎるだけでね」
「だから、我々はここにいるのです」
 ハクゲツは警戒の為にトレイルから目を離さず、カノンの言葉の続きを口にした。
「外には出られぬ存在として。我々に与えられた〈人格波動〉は、あちらの世界の〈人格波動〉を乱す可能性があるからです。だから入口も出口も無くしてしまいました。外部からの侵入者のみならず、我々自身が出て行けぬ様に。故に、ここに来るには『この世界』と同化しなければなりません。その術は、トレイル様の持つ『白月』《わたし》の魔術的三位一体機能の他者反映機能の発動のみなのです。それすらも、普段は発動しません。ここに来れるという事は、世界融和に耐えうる資質があるという事です。貴方の場合は〈クラウドコレクター〉の候補者だった。ギル様の製作した件の機械は、『白月』《わたし》との親和性が非常に高い物です。貴方がここに来てしまった原因の一つは、貴方が候補者だったという事実でしょう。この様な事が二度と起こってはなりません。『この世界』と『あの世界』を守る為に、互いが接触する事は極力避けなければならないからです」
 クラシスは、いつの間にか紅髪の少女姿に戻ったカノンを抱き上げながら、苦笑交じりで
「そんなわけで、カノンはこの世界を『防世界』《ワールド・プルーフ》と名付けたんだ。世界の侵食を防ぐ場所。外の世界を守る為の閉じられた世界、そして失われた世界の全てを残し続け守り続ける為の世界という意味で」
「つけた時には悪くないと思ったのよ」
 カノンは船長の首に腕を回してしがみつきながら、プッと頬を膨らませてみせた。
「でも、もっとおとぎの国みたいな名前にすればよかった。いつもの私の格好には似合わないんだもん」
 酒上は向きを変えて、カノンと船長に近づいた。少女は可笑しそうに酒上を一瞥。そして、一瞬、その体が銀色の液体となって崩れ落ちる。生き物のような動きで伸び上がったそれは、直ぐに形をなした。
「お前の事は忘れない。きっと。愛してるよ、ジュン」
 一瞬にして酒上の愛する女性――佐々木柚実の姿になると、そう告げた。
 そして声をあげて笑いながら、元の少女の姿に戻る。
「だから貴方も私の事を忘れないで」
 忘れられるわけが無い。愛する人の声と言葉で言われてしまったのだから。
「……どうしてここの事を、あんなに詳しく教えてくれたんですか? 私なんか、偶然ここに来てしまった部外者じゃないですか。ギルの息子だから――」
「理由なんて、さっき言ったからに決まってるのに。愛してるからよ。いちいち細かい事考えてないで、さっさとトレイルと一緒に行っちゃいなさい。」
 からかいの声とアカンベーを返された酒上は、自分の引き際を悟る。
 つまらなそうに酒上を待っていたトレイルは、怒りも疲れ果てたのか、何も言わずに『この世界』の三人に背を向けた。
 そのトレイルに近づくと、彼の周りに張り巡らされた構成盤が広がり、酒上をその魔力の環の内側に閉じ込める。
「いくよ、酒上純」
 一度だけ振り返った。紅い髪の少女は、そっくりの顔をした二人の従者に手を繋いで、酒上を見上げていた。ハクゲツの腕の傷も裂けた服も綺麗に元通りになっており、クラシスは眩しそうに酒上とトレイルを交互に眺めている。
 彼らはこの先も『来るべき時』を待ち続けるのだ。この、平和で穏やかでちぐはぐな庭園のある丘の上で。
「……行ってください、トレイル」
 酒上が合図に頷いた瞬間、頭の中が一気に真っ白に塗りつぶされる。一瞬、ちらりと視界を横切った紅い瞳は、酒上だけに見えた残像だろうか。
 視界だけではない。思考さえも、強烈な妨害によって何も考えられないようにされているかのようだ。時間の感覚も空間の感覚も、目の前に広がる場の不自然さに対する感情もわき起こらない。ただ、バラバラになった自分がそこに存在するのを知っているというだけだ。
 やがて、ピントの呆けていた焦点が合ってゆくように、ゆっくりと全てが色を持って動き出す。酒上純という人間の全てが、彼自身のものに戻ってくる……。


「バイバイ、お兄ちゃん」


 酒上純は足の裏に地面を感じた。突然の事に体重を支えきれず、その場に膝をつく。勢いあまって手をつこうとし、『聖杯』を掴んでいる自分に気づいた。
 周りを見回すと、自分が例の懐中時計に触れてしまった場所だ。街頭の壊れた暗い路上。夜の街明かりがどこか遠くに感じられる。あの世界に行ってる間、どれほどの時間が経過してしまったのかわからないが、見知った顔も人気もない。だがここなら位置がわかっている分だけ、自分の巣へ戻るのは簡単にできる。人ばかり多くても、どことも知れぬ妙な場所へ放り込まれるより、ずっとマシだったといえるだろう。
「無様だな。まだ自分がどこで術を発動すればいいのかわからないのかい? 力はあっても、まるでど素人だな。それでヒサシとやり合うつもりだなんて、いい度胸だ」
 すぐ隣りで平然と立ち、嘲笑で酒上を見下ろす黒いトレンチコートの男。トレイル・トリルアーガス。
「今日のところは見逃してやる。ヒサシもそれを望んでいるしね。でもさっさと死んでよ。あんたら〈西方協会〉の〈騎士〉《ナイト》は、いちいち目障りだ」
 さっと、背中に明滅する翼を大きく広げ、天使のような魔術師は空に浮かび上がる。わずかに羽ばたいたが大きな風を生むことは無く、すぐに浮力とは関係の無い動きだとわかる。
 帰れると悟った酒上は、自分の愛する人々を脳裏に浮かべた。愛する女性、愛する上司、愛する後輩、愛すべきこの世界。ほんの少しの不思議な体験だったように思えるのに、全てが懐かしく、愛しかった。
 そして、目の前で浮かぶこの男の、愛する存在を考える。強烈な一言を思い出す。
『船長の声で私の名を呼ぶな!』
 あれは、本物のクラシスを知っているからこその発言だ。本物の声に思い入れがあるからこそ、偽者の声が許せない。単純で明白な理論。愛情の発露は、考えれば考えるほど複雑に見えて、だが結論は単純なものだ。
「貴方は、クラシスさんを……愛していたんですね」
 トレイルは驚きに目を丸くした後、あはっと、いつもの軽薄な笑い声を上げた。
「あははははははっ! 酒上純、あんたは、自分を熊から助けてくれた虎を愛する事ができるっていうのかい? 恩を返すのと愛情は別のもんだろう?」
 『死神』と呼ばれた男は、腹を抱えて笑いながら、手の中の黒杖を一振りした。一瞬にしてその姿がぼやけ、周りに同化して消えうせる。〈西方協会〉の一人であるアキオの得意な、空間移動の術と同じ類のものだろう。
 一人残された酒上は、紅色の髪の少女を思い出す。

 バイバイ、お兄ちゃん。

 自分は、本当にギルの息子なのだろうか? あの幼い女主人は、その答えを知っていたはずだ。答えを知っていたからこそ――それがどんな答えだったにせよ――自分に興味を持った。だからこそ、『あの世界』の事を教えるつもりになったのだ。
 その答えは? 自分は何者なんだ? あの少女は誰なのだ?
『ホントの事なんて、知ってもロクなもんじゃねぇんだよ。お前は半端に頭良いからそんな事考えるんだ。バカならバカらしく、余計な事すんじゃねぇ! 俺の言う事の一つぐらい聞きやがれ!』
 いつもイライラしている上司の、佐々木和政のぶっきらぼうな物言いが懐かしく脳裏に浮かぶ。
 でも、確かにそうだ。余計な事は忘れてしまおう。
 まずは愛する和政に、ありがたい最初のお小言をもらいに行こう。マタドールよろしく彼をからかっているうちに、いろいろと面倒な事を忘れることができるだろう。彼は太陽だ。いつだって自分の身を焦がしながら、目下の者を温めてくれる。ありがたい。
 もちろん、そんな温かみに包まれたとしても、あの少女たちのことを完全に忘れることなどできやしないが。

 バイバイ、お兄ちゃん。

 でももし、自分の予想通りなら……。
 自分がギルの息子なら……。
 彼女は自分の実の姉なのではないだろうか?
 今となっては確かめる事も、彼女達をあの場から連れ出す事もできないのだが。
『バカならバカらしく、余計な事すんじゃねぇ!』
 そう、上司のいうとおり。変な気は起こさない方がいい。
 酒上純はため息を一つ、そして人のあふれる大通りへ向かって歩き出した。



 〈「防世界(後編)」・了〉



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