R-T-X 「3・犯人と青年」
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「失礼します」
 木伏アヤメは、その部屋一杯に広がる声を張り上げた。
 〈軍部〉本部の中でも地下八階。倉庫室の横にあるこの部屋はいつでも薄暗く、剥き出しのコンクリート壁が冷たく迫ってくる。〈軍部〉がギル・ウインドライダーに提供している部屋だ。
 伊達に本庁内きもだめしスポットになっているわけではないようだ。おどろおどろしいこの部屋の扉を開けたのは、木伏の知る限りでは誰一人としていない。『遊びで入ったら戻って来れなくなる』という噂も効いているのだろう。
 本音をいうと、木伏はこの部屋に人がいるなど信じたことはなかった。ギルの名前は聞いたことはあっても、トイレの妖怪ぐらいに高名な変人の噂だと思っていた。それが
――しっかり居るんだもんなぁ……。
 目の前に白衣の背中がキーを叩いてる姿がある。
「お、来たか」
 ギルがモニターから目をそらして振り返る。この軍医、暇な時はたいていモニターに向かって何やら作業している。〈特務〉に流れる噂によると、この男、一日中〈軍部〉の研究所にハッキングして遊んでいるという話だ。
――え?
 木伏は目の前の白衣の男を、何度も確認する。
 あの男だ。高架の上から自分達を見ていた男。木伏の『無意識の目』を見抜き、モニターの奥から笑いかけてきた男。
 まさか、あの男が本庁の妖怪だとは……!
「……〈特務〉民間警備部Bクラス第六課所属の木伏アヤメと弥彦・エンヤ、本日10時より〈特務〉第4000348号事件対策本部に配属されました。よろしくお願いします」
 年上の木伏に遠慮していた弥彦は、木伏の紹介に自分の名前が出た事にギョッとした顔をする。慌てたように姿勢を正すと敬礼した。
「私が指揮を任せられたギル・ウインドライダーだ。私の事は……まあ、いろいろ聞いてるだろうから割愛しておく」
 煙草をくわえたままニヤリと笑みを返すギル。眼鏡の奥の瞳が狡猾そうに細められ、一瞬にして人のよさそうな顔が強暴な肉食獣の――いや、冷酷で酷薄な悪魔の笑みに変わった。一瞬にして絶望的な、根源的な畏怖が木伏を襲う。
――この前と同じ目だ。
 木伏の背筋が一気に寒くなる。引きつる頬を自覚しながら、ガタガタ震え出す体を必死で押さえる。
 気を抜いたら、すぐにでも殺されそうな気がした。
 慌てて視線をそらして息をつく。横目で弥彦を見ると、彼も少年のように目を見開いておびえていた。
 中肉中背のギルに比べ、弥彦はその一回りは大きな体をしている。幼年学校以来、格闘技で鍛えて育った骨太な体だ。そして木伏と同様〈特務〉に所属する男である。たかが軍医におびえる事などない。仮にこの軍医が暴力を振るってきたとしても十分対処できるだろう。
 それでも、彼はおびえていた。
 木伏にはそれが痛いほど理解できる。このギルという軍医は、少なくともただの軍医ではない。それが本能的に理解できるギルの笑みだった。
「なぜ軍医の私が指揮を取るのか不思議に思ってるだろうが、そのうちわかる。それと、私のやり方に不満もあるだろうが、どんな忠告も受け付けない。これは命令だ、いいな?」
――忠告は受け付けない?
 確かに〈軍部〉では上官に意見する事を原則的に禁じている。だが場合によりけりだ。人によっては積極的に意見を求めるし、意見した事が問題になっても、大抵は大目に見られてる。
 〈特務〉の中でなら尚更だ。個々人が特技をもって結成されている〈特務〉は、常識では不可能と思える出来事でもやってのける場合がある。更に〈特務〉は、対処する問題に対して常に部隊再編と解散を繰り返している。常に同じ部隊で活動するわけではないので、その都度変わる指揮官が、隊員の技能を常に把握できてるとは限らなくなる。
 だから、〈特務〉での作戦会議は、個人が自分のできる範囲を申告して行く事からはじまり、そして終わるといっても過言ではない。それほど〈特務〉では、通常の押し付け的な指揮では部隊を使いこなせないのである。
 ずっと〈特務〉の、技能申告する伝統のやり方を叩きこまれてきた木伏と弥彦に、この軍医に対する不安が広がったのは無理もない。
 ギルは唖然とする木伏たちの顔を見まわし、含み笑いをした。
「とりあえず、そこのソファに座れ。当分の間、それでがまんしてもらおう。……さっそくだが、状況を説明してもらおうか」
 二人は促されるままに、接客用のソファに向かう。
「げっ……!?」
 弥彦が思わず唸った。木伏も硬直。
 明らかに血痕とわかる染みがべっとりとついたソファと、その下で真っ黒に変色した床。
「ああ、忘れてた」ギルが悪びれもせずにソファに近づく。
 立ち尽くしてる二人に向かって「どうした? ここに座るのは嫌か?」
 当たり前だ。だが軍医はあざけるように
「仕方ない奴らだな。向こう側に座れ」
 対面する位置に置かれた対になるソファを指差す。自分は染みのついたソファに何事もなかったように座った。
 木伏は素直にその言葉に従った。
 内心、このデリカシーの無い男の配下になった自分の不運を呪いながら。



 弥彦は持参してきた資料を、接客用のテーブルに広げる。数枚の写真と簡易調査報告書だ。
「指揮官殿は〈赤目のフリーク〉の話を聞いた事はありますか?」
 弥彦の質問に、写真を手にしていたギルはフンと鼻で笑った。
「私の事はギルと呼べ。それ以外は認めん、わかったな。……〈赤目のフリーク〉の事ならいくつか知ってる。お前達の言ってるのはどれだ?」
 どれ?
 弥彦は助けを求めるように木伏を見る。だが木伏も困惑したように首を振って見せるしかできない。
 自分達の知っている〈赤目のフリーク〉は、一つしかない。
「都市伝説、ですが。……〈赤目のフリーク〉っていう、自分の眼窩にあう赤い目を探してさまよってる妖怪です」
 弥彦が整理しようと必死になりながら語る。
「自分の赤い目を自慢していた〈赤目のフリーク〉は、人間にだまされて赤い目を取られてしまったんです。それで、赤い目の人間を見ると飛びかかってその目を抉り出す。すごい怪力で人間の力じゃ抵抗できない。だから、子供は早く寝なさいって、おばあちゃんとかに言われませんでしたか? 『赤い目をしてると〈赤目のフリーク〉が来るぞ』って」
「クククク……知らんなぁ、そんな話は」
 ギルは紫煙を吐き出しながら笑う。「どうだ? 知ってるか、尚起?」
「知ってる」
 第三者の声に弥彦も木伏も驚く。二人とも〈特務〉の人間だ。他者がいる気配なら容易に察する事ができる。だが少しもそんな気配を感じる事はできなかった。
 弥彦と木伏が腰掛けているソファからはちょうど背後になる位置で、蝶番が軋む音が聞こえた。もちろん、入った時そこに隣室への扉があるのは知っていた。だが――木伏はそこの気配も探ったのだ。それでもわからなかった。おそらく弥彦の驚きもそうだったのだろう。
 二人の驚きをよそに、四人目の男の声は
「有名な都市伝説だ、今の子供達なら誰だって知ってるよ。年中こんな場所に閉じこもって、死体切り刻んでるから知らないんだろ、変態医者?」
「口数の減らん奴だ」
 新たにやって来た男は、〈特務〉のジャケットを着た青年だった。弥彦とさほど変わらない歳だろう、二十四、五に見える。
 木伏は再び驚きを隠そうとする。
 高架の上から、ギルと一緒に自分達を見ていた男だ。
――全部、あの段階では筒抜けだったわけか。
 木伏達の技量を、自分の目で確認していったに違いない。
「私の独断でこの捜査に参加させる男だ。名前は三条尚起。〈特務〉の人間ではないが使える男だ。それだけ知っておけばいい」
 紹介された男は、警戒気味にギルの背後に立つと頭を下げた。
「よろしくおねがいします」
 にっこり笑うと、幼げな顔立ちが少年のようになる。
 アスリートのような細身の体。引き締まった無駄のない筋肉がついているのが、ジャケットから突き出しているむき出しの四肢からわかった。
「〈赤目のフリーク〉は百年ぐらい前から妖怪の類になってたんだ。一時期ブームになったり、漫画になったりしたしな。それも知らなかったのか、ギル?」
「聞いた事もあるが調べようとは思わなかった。お前を知ってれば十分だったからな」
 ギルは手にしていた写真を三条とかいう青年に渡す。現場の写真だ。
「それは知ってるか?」
「……多分、俺が呼び出された気配はそれだと思う。やり口が似てる」
 青年から返された写真を、ギルは木伏と弥彦の前に広げる。
「話が途中だったな、弥彦・エンヤ。続けてくれ」
「は。……しかし、指揮か――……ギル、私は反対です。民間人を――」
「意見は聞かないといってあるはずだ。次に言ったら殺すぞ?」
 例の薄笑い。弥彦が緊張に凍りつく。軍医のいう言葉が脅しではないと察したのだろう。それを楽しげに見やるギル。
「それにこいつは〈第三種〉で登録してある。お前達の心配は無用だ」
 〈第三種〉というのは〈第三種政府関係者〉という、調査員資格の免許だ。特殊技能を持つ民間人を登録させ、必要な時には〈特務〉の一員として働いてもらう。その代わりに税務等の割引が行われる。調査員資格収得は難門であり、コネでもなければ到底資格を取る事などできないというのが通説だ。
 資格取得者なら仕方がない――弥彦はそう思ったのだろう。腑に落ちない顔のまま、説明をはじめる。
「一昨日の晩、深夜三時ごろ、〈特務〉式地域区分法の『ラムダ3の247ブロック』――通称・居酒屋横町の路地にて一人の女性が殺害されました。被害者は須賀英子」
 弥彦は写真の中から一枚の、証明写真と思われるものをとりだした。派手めのメイクに、どこか疲れたような表情が垣間見えた。
「近くのバーでホステスをしていた女です。昨晩もバーで仕事をし、一時半に閉店後は店の片付けを手伝ったり他のホステスと雑談しながら居残っていたそうです。それが二時ごろ突然、被害者が悲鳴をあげ、店の者を振り切って外へ飛び出していったそうです。何かに追いかけられているようだったという話です」
 三条は真剣な顔で聞き入っている。ギルはやる気なさそうに煙草を灰皿に押し付け、新しく取り出したものを口に運んだ。
――?
 木伏はいつのまにか火のついた、ギルの口元の煙草に目をやる。
 ライターもマッチも取り出したような気配はなかったが、見落としたのだろうか? 三条も、資料に目を落としたままの弥彦も気づかなかったのか、何事もなかったようなそぶりだ。
「居酒屋横丁は不夜城として有名で、深夜にも関わらず人の出入りが絶えません。それにもかかわらず目撃証言が少ないところ、被害者は店をでてすぐ、横丁の裏路地に逃走したと思われます。あの辺りの地理に詳しかった事は友人達が証言してますから。しかし逃走後、約一時間後、殺害されたと思われます」
 弥彦は一度、言葉を切った。
「実は、被害者の第一発見者は私でして」
「ほお?」
 ギルは急に、興味深げに身を乗り出した。「どうしてそんな路地に?」
「は。実は――」
 弥彦は顔を赤くさせた。
「実は当日、市街地巡回警備の担当でして。居酒屋横丁まで来た時、その……尿意を……」
「立ちションか」
「い、いいえ! その……この路地からいけば、近くの公衆便所に早く辿り着けると知っていたから、です」
 再びつまらなそうにソファに身を任せるギルを、弥彦は情けない顔で見送った。
「それで終わり?」三条がとりなすような笑顔で促す。「犯人を見たとか、何か手がかりを見つけたとか?」
 馴れた問いのかけ方。三条の方が〈特務〉らしいと木伏は心中でため息。伊達に〈第三種〉資格保持者ではないようだ。士官学校あがりとはいえ、まだ〈特務〉に入って半年の弥彦とは違うらしい。
「はい。犯人と思われる者を見かけはしたのですが――」
「なんだ?」
「それが……自分が想像していた〈赤目のフリーク〉そっくりだったんです」
 ギルの目が、眼鏡の奥でギュッと大きくなる。楽しくてたまらないといった表情で三条に視線を送る。
 三条もしかめっ面でその視線を受け止める。
 まるで予想していた答えを確認しあっているようなそぶりだ。
 異常なモノを見てしまったという体験を思い出そうとしている弥彦は、その二人の様子に気づかずに話を続ける。
「真っ赤で飛び出した巨大な眼と、異常なまでに膨れ上がった筋肉と、腕や足から飛び出している刺のようなものと……いや、信じてもらえないのはわかっています。ですが、私は見たんです。それが私に気づいて、トカゲみたいに壁を、雑居ビルの外壁を登っていったのを見たんです」
 弥彦は、木伏に向かって助けを求めるように視線を送った。木伏は最後まで言うよう促すつもりで頷く。
 だれが信じようと信じまいと、弥彦は自分の記憶を情報として公開しなければいけない義務があるはずだ。目撃者としても、〈特務〉警備部の人間としても。
 先に話を聞いていた木伏も半信半疑だが、弥彦が心底驚き、恐怖した時間が存在した事は事実だと知っている。
 木伏は一昨日、夜勤で本庁に残っていた。同じ部署の弥彦が巡回に出たのはわかっていたので、交代まで待っていてやろうと思っていた矢先に、弥彦から死体発見の連絡が入ったのだ。それが縁で今回の件は二人に任されてしまったのだが――あの時の無線を通して伝わった弥彦の言葉は、大げさでなく、純粋に信じられないものをみた恐怖とパニックに溢れて。
 たとえそれが幻覚だろうが思い込みだろうが、本気で恐怖した体験をすぐにでも話さなければならない弥彦の苦痛。
 きっと今、弥彦の脳裏では記憶を整理すると共に実感した恐怖も蘇ってきてるのだ。
 目の前に、人外としか思えない恐怖の笑みをたたえる軍医が居たとしても、記憶の中で増大していく苦痛を取り除けるわけではない。時として、記憶は実際以上の強さをもって人を打ちのめす。
 その、記憶の強さを知っている木伏は、弥彦の苦痛を思って同情する。
「壁を登って行きながら〈赤目〉は私を見下ろして言いました。『次はきっと、お前だ』って。わけもわからないまま、奴が壁を登りきって行くのを見送ってました。夢を見てるような気分だったんです、あまりにも現実的じゃなくて。奴が居なくなってから初めて、壁のところに死体がある事に気付きました――」
 弥彦は大きく息を吸う。
「死体が、何か凄い力で壁にたたきつけられて、グシャグシャに潰れているのも驚きましたが……目が、無くなっているのを見た時は……」
 弥彦は言葉を切って、大きく息を吐いた。
 一同は机の上に置かれている現場写真に目を落とした。その印画紙には食後なら吐いてもおかしくない光景が焼き付けられている。
 体の表面だけが残っているような、敷物のようになった人の体が壁に広がっている。飛び散る血液が生々しく、いまにも滴りそうだ。その顔面の上部が丸く消えていた。手で抉り取ったように、目のところだけ大きな傷口をさらしている。
 ギルと三条は顔を見合わせる。楽しげにニヤリとする眼鏡の軍医に対し、青年は露骨に顔をしかめた。
 長い沈黙。
 半信半疑――だが正直に言えば木伏は、自分が弥彦の話を信じていないと自己分析する。
 確かにこんな仕業は人間業ではない。細い路地にこれだけの力をふるう機械を持ち込む事は不可能だ。弥彦の〈フィスト・ドライヴ〉でも大きすぎるような路地の狭さなのだ。
 だが〈赤目のフリーク〉なんて不可能を超えて子供だましでしかない。普段なら失笑ものだ。木伏は知らないが、〈特務〉のメンバーなら一人くらい、こんな事をやってのける術技技能者がいるかもしれない。もっとも、そんな人間がいれば自分達の方にも参考人物として連絡が来るはずだが、人の仕業である可能性はまだ残っている。
 しかしそれにもかかわらず、本気で妖怪に怯える弥彦がいるのも事実である。
 木伏は彼の語る内容が信じられなくとも、そんな後輩の精神の支えになってやる事ぐらいは、同僚として、先輩として世話するつもりでいた。
 突然、ギルは押し殺した笑い声を上げる。
「なるほどな。〈軍部〉がお前たちを押し付けてきたワケがわかったよ」
 短くなった煙草を再び灰皿に押し付けながら、軍医は笑い続ける。
――ああ、そうか……
 そういえば、この男も本庁の妖怪なのだ。この「開かずの間」の主は。
 ならばと木伏は目を転じる。視線の先にいた三条は、木伏の視線に気付いて力なく微笑み返す。
――ならばこの男は
 この部屋にいるこの男は、一体何者なのか?



 特別作戦の為に転属となったとはいえ、〈特務〉警備部の通常業務である巡回業は、まだ二人の仕事からはずされてはいない。
 だが木伏が驚いたのは、巡回業の範囲が本庁周辺へと変わったのはともかく、弥彦と二人での巡回になっていた事である。
 木伏の〈特務〉としての能力は索敵能力である為、巡回に相手がつく事は珍しくない。確かに〈特務〉としての訓練を受けているから、一般人に比べればずっと高い戦闘能力をもっているとは思う。しかし〈特務〉に期待されているような、一騎当千のずば抜けた能力があるわけではない。戦闘能力をもつ人間と共に組まされるのは当然である。
 だが、弥彦のように強力すぎる程の戦闘者は別だ。
 弥彦はよっぽどの事がない限り、一人で巡回させられる。〈フィストドライブ〉を着ければ、文字通り一騎当千の力をもつ男なのである。彼のような人間の一人による巡回は、それだけで示威効果が期待できる。
 それを木伏と一緒にさせるとは……
――『次はお前だ』っていう脅し対策かな?
 それにしても警戒し過ぎじゃないだろうか?
 相手は弥彦なのだから。一対一の戦いでなら、そう簡単に負けはしない。
 何かがあると思わざるを得ない木伏である。
「木伏さん」
 物思いにふけっていた木伏に、弥彦が頭一つ高い位置から声をかける。
「あの……ギルって人、どう思います?」
「友達にはなりたくないってタイプ、かな」
「でも、三条さんはずいぶん仲がよさそうですよ? 確かに何考えてるかわからないし、ワケもなく怖いけど……三条さんを見てると、ホントはいい人なのかなって思います」
「そう? 同じ穴のムジナって気がしないでもないわよ」
 あの少年のような笑みと比べた時の、ギルと自分達に対する言葉遣いの差が、木伏の胸で妙に引っかかる。
 何より、あの二人がしたり顔で自分達の説明を聞いている姿が癪に障るのだ。
「それと……ちょっと気になったんで、聞いてもらえますか?」
「何?」
「あのギルって人の机の上に何があったか、知ってますか?」
 何かの設計図のように見えたのは確認しているが、詳しいところまではわからない。〈人格波動〉を使った筒状のナニカであるのはわかったのだが。
 弥彦は木伏の沈黙を知らないのだと受け取り、続ける。
「実は……〈フィストドライブ〉の設計図だったんですよ。しかも手書きの」
「手書きの?」
 それは――どういう意味だ?
 〈フィストドライブ〉の製作データはデジタル化されてるはずじゃないのか? そうでなければ〈フィストドライブ〉を作っているアカデミーの製作部が不便だろう。それともアカデミーが作っているのではないのか? いや、どちらにしてもデジタル化しないと多人数で作る製作部としては不便ではなかろうか。コピーをとるとしても、その原版である手書きの設計図をどうしてギルがもっているのか。このご時世、手書きで設計図を作る国宝級の人間など皆無に等しいというのに。
「おもい過ごしかもしれませんが……」
 恐る恐る弥彦は口を開く。
「〈フィストドライブ〉の製作者って、あの人なんじゃないでしょうか」
「え?」
「しかもハンドメイド。だから手書きの設計図があそこにあって、一枚で事足りるんじゃないんですか?」
 沈黙が二人の間に流れる。
 確かに……そう考えればなんとか辻褄をあわせることができる。
 だが――確かに〈軍部〉の認可を受けてるし、威力も高い兵器であるのは認めるが――そのハンドメイドの兵器に、そうとは知らず命を預けていた二人である。
「……それが本当だとしたら、あの男、何者よ! なんで軍医なんてやってるの?」
「いや、だから思い過ごしかと……」
「大体、軍医のクセにどうして部隊長なのよ!」
「いや、わかりませんって……」
「しかも『意見は受けつけん』? なによ、偉そうにっ! アカデミーに行けよって! どうせ現場の事何にも知らないんでしょ! 大体、あの目つきが気に入らないのよっ!」
「木伏さん、あのう……」
「なに、弥彦君! 文句あるの? 弥彦くんだって嫌でしょ、あんな奴がこの先一緒だなんてさっ!」
 悪態が止まりそうもない木伏に、弥彦はため息をついた。
「余計な事、言っちゃったなぁ……」



 ギルのいる『人格波動研究所』、その隣室の診療室。
 三条尚起――〈フリーク〉が、プリントアウトされてくる診断結果を見ながらギルの説明を受けていた。
「現状のお前じゃ、奴には勝てんな。実際、随分痛い目にあったようだし」
 煙草を咥えながら、弥彦の持ってきた資料の写真を眺めるギル。壁に叩きつけられた死体の写真だ。
「お前にこれはできないだろ? 診断結果だって、百五十年前に比べれば全体能力が三割落ちている。サボってたな、馬鹿め」
「もう、こんな力はいらなかったんだ。事件は終わったんだと思って――」
「百五十年ぐらいで、〈軍部〉が奴らに対抗できる装備を整えられると思ってたのか? お前を引っ張り出してくれば済む話だというのに?」
 〈フリーク〉は答えない。かわりに問い掛けた。
「どうすればアイツに勝てる?」
「まずは基礎能力の向上」
 突然、ギルの拳が〈フリーク〉の顔面に向けて襲いかかる。〈フリーク〉はピクリともしない。
 ギルの腕が伸びきり、〈フリーク〉の目の前で拳が止まった。ギルの動きが戯れに放ったもの、それも自分の目の前で止まってしまう事を見抜いていたようだ。
 ギルはそれを満足そうに見てニヤリとした。
「次は?」
「人格波動値の向上」
 空中に、唐突に出現する白い光の玉。手の平サイズのそれが〈フリーク〉の胸元に飛ぶ。
 〈フリーク〉は手を伸ばし、それを受け止めた。手の平でシュルシュルと音を立てる光球。そこからうっすらと煙が立ち昇った。
 〈フリーク〉が光を握りつぶすと、閃光が散る。飛び出した光の一部が、消える前に診察用ベッドのシーツにぶつかった。指先ほどの光線で、盛大に吹っ飛ぶシーツ。その力に耐えきれず、所々が甲高い音を立てて裂ける。
 普通の人間の身体にあたっていたら、骨折は間違いない威力だ。
 どうやって光球を出したのかわからないが、ギルは〈フリーク〉の対応に満足したようだ。
「問題ないな。もう一息欲しいところだが」
「どうして〈人格波動〉が必要なんだ?」
「お前の力は、〈人格波動〉によって引き起こされてるからだ。昨日の駅の子供、見ただろ? あれと同じだ」
 弥彦と木伏が殲滅した少年だ。
「あの異常な筋肉の発達は、〈人格波動〉の力が内側に向けられた事からおこっているんだ。お前の力も同じ原理で発動している。波動の数値が強ければ強いほど、〈波動剥離現象〉の現象値が高ければ高いほど、更なる肉体向上が望めるんだ」
「……今の俺の〈人格波動〉は、アイツに劣るっていうのか?」
「簡単に言えばそうだ。もっとも、安易に波動値を上げられても困る。制御できなくなれば、あの子供と同じように暴走する事になるぞ。私が貴様を殺さなきゃならない。あくまで、身体能力とのバランスが大事なんだ。だから肉体も鍛える」
 「暴走なんて、そんなもったいない事できるか」と、軍医は〈フリーク〉から目をそらす。
「お前みたいに、人と〈フリーク〉のバランスがとれた奴は滅多にいないんだ。私の研究材料がまた一つ減ってしまう」
「人をモルモット扱いするな、ヤブ医者」
 ギルはその毒づきに首を振る。
「だが、今お前にこれまで以上の力を与えられるのは、この私だけだろ? 私に従え、〈フリーク〉。少なくともアイツには勝てるようにしてやる。この『現代の錬金術師』の名にかけてな」
「……その『従え』って言葉は気にいらないな、吸血鬼野郎。俺は――」
 〈フリーク〉は続きをためらう。そして
「でも頼れるのはお前だけだ。よろしく頼む」
 〈フリーク〉の真剣な眼差しがギルを射ぬく。
 ギルは薄笑いを浮かべたまま、煙草をつまんだ指先で〈フリーク〉の肩を叩いた。
 まかせておけというように。




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