R-T-X 「9・都市と青年(上)」
←PREV | INDEX=R-T-X | Home | NEXT→
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6-1 | 6-2 | 7-1 | 7-2 | 8-1 | 8-2 | 9-1 | 9-2 | 9-3
10-1 | 10-2 | 10-3 | 11-1 | 11-2 | 12-1 | 12-2 | 13-1 | 13-2


 来るべき空間崩壊に備え、ギル達の特別部隊には巡回中に新しい作業が増やされた。
 『クリーナー』と呼ばれる、魔術や能力を試用した際に放出されるレイレン反応を駆除する為の機械を、街の中へ設置する仕事である。
 都市中に点在している巡回の点検ポイントに設置し、どこで空間崩壊の危機が迫っても使用できるようにしておくのだ。
「弥彦さんって、もう復帰しても大丈夫なんですか? 一昨日、目を覚ましたばっかりなんでしょう?」
 柚実は地図を挟んだバインダーを眺めながら、思ったままを口にした。〈特務〉の特殊車両――普段の巡回では使われないが、クリーナーを運ぶ為に持ち出してきたのだ――のトランクから、クリーナーの入ったオレンジ色のボックスを引っ張る弥彦を見ての感想だ。
 弥彦は「ん?」と意外そうに柚実を見、すぐに安心させる為か、芝居がかった笑みを浮かべた。
「これぐらいなら、全然心配いらないよ」
 その言葉どおり、柚実の弥彦への心配は杞憂に終わった。〈フィストドライブ〉を振りまわせる弥彦の腕は、病み上がりであるにも関わらず、柚実では持ち上げるのがやっとのボックスを軽々と運び出してゆく。
 今日の午後の巡回から職場に復帰した弥彦は、明日からギルが行う検査を受ける事になっている。その検査期間の間だけ、柚実と相田一裕=和政のチームに同行する事になったのだ。
 だが柚実にはアキオがお目付け役でついている――名義は相変わらず、アキオの方が柚実に監視されている事になっているのだが――為に、実質三人のチーム、そこへ弥彦が加わり四人という、巡回チームとしては大所帯での巡回作業だ。
 弥彦と一裕だけならまだいい。おまけであるはずのアキオが嬉々として、しかも手際良く作業に参加している為、柚実のような勝手も知らないどころか新米ともいえない見習い監察官には、やれる事が全くない。せいぜい地図とにらめっこして、次の巡回ポイントが大きい地点なのか、いくつボックスを置けば良いのかを確認しておく事ぐらいだ。情けなく思いつつも、暇を持て余している柚実には皆を観察する事ぐらいしかする事が無い。
 巡回ポイントの側でアキオが、ボックスを持つ弥彦を手招きしている。今回の地点でのボックス設置は、あの二人がやってくれるだろう。ますますやる事が無くなる柚実だ。
「大変だぁ……退院したばっかりなのに」
 誰に言うとも無く呟いた言葉に反応したのは、弥彦の開けたトランクのハッチを閉めていた和政だった。
「弥彦の事か? たいしたケガがあったワケじゃないし、同一化のショックなら寝てるうちに越えたからな」
 相田一裕は巡回点検ポイントに向かって歩きながら、そっけなく応えた。彼は点検ポイントに手の平を当てて〈人格波動〉を認識させる。波動認識錠と同じ、個人の〈人格波動〉を読み取らせる事によって巡回者の記録を採っていくのだ。
 数秒のタイムラグの後、ランプが点灯。これでこのポイントの巡回も終了だ。
「〈特務〉が大変なのは当たり前だ。仮にも〈軍部〉の一組織なんだ、なめてもらっちゃこっちが困る。……これだから途中参加の〈特務〉メンバーは嫌なんだ、いつまでも民間人気分が抜けない。一人前に認めてもらいたいなら、俺達みたいに幼年学校からやりなおしてもらいたいぐらいだ」
「あ〜っと……すいません」
 突き放すような言い方に、慌てて頭を下げる。
 相田一裕が自分と同年と聞いたのは、つい先刻、今回の四人で昼食をとっている時だった。どこから仕入れてきた情報なのか、アキオが口を滑らせたのだ。
 周りが大人ばかりの見知らぬ、そして新しい職場で、柚実自身と同じ歳の人間がいるのは心強かった。できるだけ彼に話しかけたり、その後をついて歩いていたのだが、一裕はほとんど柚実を無視し続けていて、ロクに口さえきいてくれなかった。おそらく、正式な訓練も無しにいきなり部隊に配属された柚実の事が気に入らないのだろうと、コミュニケーションをとるのを諦めかけていたところだ。タイミングの悪い事に、正式な訓練は随分辛い物だと木伏に冗談交じりで教えられたばかりだった。だから「こんなに楽をしていていいのだろうか」と不安になっていたせいもあって、無理なくそんな風に考えることができたのである。
 それだけに柚実は、一裕の彼女の立場を非難するような言葉に納得でき、そして意外なところからかけられた反応に驚いていた。
 一裕が特殊車両の運転席のドアを開けるのを見て、柚実も慌ててその助手席に乗り込んだ。柚実は何もできない分、移動中のナビゲーション役を自任しているのだ。助手席に座るのはその役割を誰かに奪われないようにする為だ。
 運転の一切は一裕が担当している。柚実は当然の事ながら運転できず、アキオは部外者だ、下手に特殊車両に触れさせるワケにはいかない。弥彦も本来の巡回チームではないので、特殊車両持ち出しの際に責任者として登録できないのだ。消去法でいっても、一裕が運転手として適任なのである。
 柚実は、運転席に座り次々と計器を確認してゆく同年の少年を、あらためて眺めなおした。
 とても同年には見えない。印象だけなら、自分の叔父や叔母と同じぐらい――いや、それ以上の落ちつきを感じる。何もかもがつまらなそうな顔で、それでいてキビキビと手際良く仕事を片付けて行く姿は尊敬できたが、それ以上に、この少年の自分に対する冷たい態度が癪に障る、そんな少年だった。
 柚実だって好き好んで〈特務〉にいるわけではないのだ。成り行きでギルが〈特務〉の一員にし、今度の作戦に自分の力が必要だと聞かされたからここにいるのだ。ほんの半月で、幼年学校時代から〈軍部〉にいる人間と同じ事ができるわけが無いじゃないか。木伏だって研修期間前に基礎学習期間があったというのに、柚実はいきなり実戦投入されているのだ。なにもできないのが当然だ。
――ならあなたは、最初から何でもできたとでも言うんですか?
 腹の中は煮え返りつつも、一裕に面と向かって言う気はない。少なくとも今は。
 なぜなら彼は、自分と同い年の〈特務〉メンバーなのだ。自分が気軽に話せるようになるかもしれない大事な友人候補だ、ワザワザ喧嘩することはない。
「本当にごめんなさい。私、〈特務〉に入ったのはつい最近なんで――」
「知ってる、だから知識が無いのは謝る事じゃない。謝る暇があるならここのスイッチの一つぐらい覚えてくれればいい」
「は、はい」
「……走行優先信号のスイッチは?」
「え?」
 突然の質問に戸惑う柚実に、少年は手を伸ばしてフロントパネルに並ぶスイッチの一つに触れた。
「ここだ。オンにすると、進行先の信号がこの車両を先に通すため青に変わる。具体的な地名を音声で指示しておけば、更に効率が良くなる。音声指示の認識スタートはヘッドセットに付けられているのを使う、前面パネルには装備されていない」
「……」
「こっちの五つのスイッチは装甲変更。段階は壱から伍まで。通常戦闘に突入すれば参になるよう設定してある。ほとんどの対人地雷や能力者の攻撃は、参段階を超える程の力を持たないからだ。だが対戦車地雷が設置してある場合には、段階を変更する必要がある。その時はここで調節するんだ。伍段階になると自動的に対ショックアンカーが作動し移動できなくなるから、使用時には気をつけるんだな。それと、伍段階の長時間の使用は車両の電気系統をショートさせる事がある。車両事体が動かなくなる可能性もあるから、使用は最小限にとどめておけ」
「……はい」
「対ショックアンカーの通常スイッチはこっちだ。基本的にフリーズパネルで覆われているから、パネルを跳ね上げるか叩き割ってスイッチをいれる。足場の悪い場所でルーフから簡易砲台を仕様する時などに使うんだ」
 柚実とは目を合わせず、淡々と説明し続けて行く一裕。
「とりあえず、この三箇所だけでも頭に叩き込んでおけ。運転できない奴でも、これぐらいなら操作する機会があるかもしれない」
「あ、ありがとう! 覚えておく!」
 突然のレクチャーに驚きながら、柚実は彼が自分に向かって話しはじめた事を嬉しく思った。今までの沈黙も、もしかしたら人見知りかもしれない――そんな風に思う。
「これで三つはわかったな」
 一裕は並ぶスイッチ郡から手を離し、しばらく沈黙。柚実が見てると、再び腕を伸ばし
「これは?」
「え……」
 ズラズラと並んでいるスイッチの中の一つだ。パネルに覆われてるのは対ショックアンカー――確信をもって覚えていたのはそれだけだった柚実は、指し示されたスイッチが他の二つのスイッチのどちらかなのか、それともまだ教えられていないスイッチなのかわからず、言葉を詰らせた。
 即答できずに戸惑っていると、一裕は心から軽蔑したような憎々しげな声色で一言。
「馬鹿野郎」
 彼は運転席のサブボックスからマニュアルを取り出し柚実の膝に放り投げると、そのまま黙って自分用の連絡端末をチェックし始めてしまった。
 表面上では怒った様子が見られないのが、完全に見捨てられたようで怖かった。
 柚実は恐る恐るマニュアルを手に取る。冷えびえとした二人の間の空気が痛い。
 彼女は外でボックスを設置している二人が早く帰ってきてくれないかと心の中で嘆きながら、分厚い冊子のページをめくった。



「あんたと二人っきりで話すのは、はじめてだったな」
 アキオはボックスを巡回ポイントの側にある道路標識の根元に設置しながらそう言った。二人はボックスを太いチェーンと波動認識錠で固定させながら会話を続ける。
「俺の事は、誰かから聞いてる?」
「はい。〈西方協会〉のスカウトマンだと、木伏さんから聞きました。空間を捻じ曲げる能力に長けてるとお聞きしております」
「そう堅苦しくしなさんな。もっと気楽にさ、友情を育もうぜ? な?」
 バンバンと弥彦の背中を叩きながら、アキオはニヤニヤする。ギルとは違った、悪ガキのような笑みだ。弥彦は屈託の無いその笑みに戸惑いながら
「しかし……貴方は外部からの来賓ですから」
 弥彦の言い様に、魔術師はプッと笑いを吹き出す。
「おいおい、俺、一応人質って事になってるんだぜ? 面白い事いうな、あんた」
「で、でも、貴方がいるといないとでは作戦内容が違ってきますから。〈特務〉に貴方ほどの力を持っている空間使いがいないから、ギルも貴方を呼んだんだろうって思うんです。それに……アキオさん、偉いんでしょう? 〈西方協会〉を名乗ってるぐらいだから」
「ん〜、まあね。こう見えても長生きしてるから、勝手に偉い事にされちまったようなもんさ、あまり気にする事はねぇよ。金とか政治の事は他の奴にまかせっきりだしな」
 懐から煙草を取り出し、口に咥える。
「悪ぃけど、一本だけ吸わせてもらうわ。ちょっと休憩したっていいだろ?」
「そりゃ……時間は余ってるんで、それぐらいなら構わないかもしれませんけど」
 弥彦が特殊車両に目をやると、アキオも目を向けた。
「あのお嬢さん達の事もあるしさ、少し二人きりにしてやろうぜ? 知ってんだろ、あいつらの事? 双子だって事だよ」
 弥彦が無言で頷くと、アキオは満足げに指を鳴らした。煙草の先端に火が灯る。
「別にお嬢ちゃんにバラすつもりはねぇけど、彼女、あのアニキ頼って本庁に押しかけてきた事があったんだってな。今は知らなくても、そこまで頼ってるアニキがどんなヤツなのか知っておいてもいいんじゃねぇのかな?」
 最悪のアニキだけどなとアキオは笑う。
「どうも彼女、話した感じじゃ会った事のねぇ〈特務〉のアニキに夢見てるみてぇだからな。いつかアイツがアニキだって気付くかも知れねぇけど、今のうちに会っておくのと後で会うのとじゃ、また印象が違うだろうしさ」
「……人が悪いんですね」
「いやいや、これは現実ってヤツ」
 波動認識錠をロックさせて作業事体は終了。この波動認識錠は、〈特務〉が支給している個人の拳銃の様に特定個人のみにロックが外れるようなタイプでは無く、〈特務〉メンバーや〈第三種〉免許拾得者として登録してある者なら誰でも解除できる、汎用的なロックである。一般人や軍人には扱えない。
「現実といや、あんた、どうだい?」
「なんの話ですか?」
「能力者になった気分てヤツだよ」
 弥彦は思わず、アキオの顔に視線を走らせる。相手の様子に悪意があるのかどうかを確かめる為だ。
 だが〈西方協会〉の男の顔には、純粋に興味を抱いてる印象しか見出す事ができなかった。それがこの魔術師の持つ、スカウトマンとしての技術なのかも知れないが。
「……別に。これといった事はないです」
「おいおい、そりゃないだろ? あんたのこれからにも関わる事なんだぜ?」
 ガッカリしているのを身振りまじりで大げさに表現するアキオ。
「あんたが能力者になったのを目撃してた俺に、それぐらい教えてくれたっていいじゃねぇかよ。別にどんな能力なのか教えてくれって言ってるわけじゃねぇんだぜ? 能力つかって、どんな気分だったって聞いてるだけなんだから」
 能力をつかって、どんな気分か。
 弥彦は――我知らず、重いため息をついた。
「正直に言いますけど、僕、自分の能力がなんなのか、今でもわからないんですよ。ギルのところで検査するのも、僕の能力がなんなのかわからないからなんです。ギルならアカデミーで保存してある〈人格波動〉データ以外の特殊なデータも保存してありますし、通常業務を行うにも融通が利くっていうから」
 〈人格波動〉のパターン分類と、各人の能力の分類は、ほぼ一致する。裏を返せば、能力者の〈人格波動〉パターンを調べる事ができれば、その能力がどの分野において発動しやすいのかを見極める事ができるはずなのだ。
 大抵の能力者の力は、当人の望みに応じて発現する為、すぐに自分の能力がどんなものかを確かめる事ができる。木伏の『無意識の目』が彼女の好奇心や不安を補う為に発動したように、柚実の『銀色の壁』が少女の恐怖からの抵抗によって発現したように、普通の能力者は自分の能力を確かめる機会をすぐに得る事ができる。
 だが弥彦にはわからない。
 弥彦の望みが、弥彦自身にもわからないのだ。
 能力を発動させる機会にも恵まれていないし、弥彦自身にも心当たりが無い。だが、能力者として自分の武器になっているはずの能力を使わないのは、鍛え上げられた拳を振るわずに喧嘩するようなものだ。〈特務〉の一員として自分の手持ちの武器ぐらい確認しておかなければ、戦闘者としては失格である。
 せめてどんな分野の能力かだけでもわかれば、発動させるキッカケも掴めるかもしれない――そう思っての検査だった。
「アカデミーで検査すると検査結果が出るまで一ヶ月もかかるっていうし。そんなこと言ってたら、今回の作戦に間に合いませんよ。いつその能力が必要になるのかわからないのに……。それに比べれて、ギルが検査すればすぐに結果を教えてもらえるっていうし。それであの人に頼んだんです」
「へぇ……あの変態医師がねぇ……」
 アキオはニヤニヤしながらアキオの腕に触れる。
「あの鉄の塊は、あんたにどんな影響を残してるんだか」
「え?」
「あのバカデカ手甲、あんたの〈人格波動〉を利用して動いてるのは知ってるよな?」
 手甲とは〈フィストドライブ〉の事だろう。確かに〈フィストドライブ〉は弥彦の〈人格波動〉をモニターしており、その波動数値によって稼働率を変化させてる。その他にも弥彦の〈人格波動〉を機械側がサポートし、振りまわした際には二次加速がつくよう――つまり、わずかだが使用者が軽く感じられるように設計されているのだ。
「錬金術は、同化の技術だ」
 みっしりとついた弥彦の腕の筋肉を感心したように指でつっつきながら、アキオは煙草の煙を吐いた。
「俺たち魔術師は、世界を構成する〈人格波動〉を組み合わせ直す事によって術を発動させる。能力者は、世界を構成する〈人格波動〉に自分の〈人格波動〉を投影させて捻じ曲げて、揺らぎを作り出して再構成する事によって術を発動させる。だけどギルの錬金術は違う。あいつの錬金術は、自分の想像と〈人格波動〉を完全にシンクロさせる事で創造を行う技術だ。魔術師や能力者みたいに、元の要素を組み合わせる技術じゃない、自分の中に取り込んで変化させる技術なんだ。その媒介として物質を使う。物質の変化と自分の精神の変化をシンクロさせ融合させる事によって、新しい物質と新しい自分を作り上げる技術なんだよ」
 アキオが何気ない口調で説明した言葉は、普段のアキオの口調からは感じられない知的な響きをもっていて、ただの雑談だと気を抜いていた弥彦の目を白黒させた。
 はっきりいえば、全く理解できなかったのだ。
 それに気付いてか、アキオは「そうだなあ」と考え込む。
「わかりやすく言えば、あの手甲を使っている事で、手甲そのものも、あんた自身も、全く違うモノに変わっちまう可能性があるってこった。……ギルが錬金術の技術でアレを作ったなら、だけどな。魔術でああいう物が作り出せる可能性も無いわけじゃないけど、少なくとも、俺は知らねぇな」
 変わる?
 弥彦は自らの手を眺める。
 確かに変わった。自分は能力者として生まれ変わってしまった。アキオの言ってるのはそういう事だろうか?
 それとも別の何か?
 例えば、これから〈フリーク〉になってしまうとか? それとも……ギルが管理しているという〈赤目のフリーク〉に? もし〈マスター・フリーク〉になってしまったら?
 それとも弥彦の想像できないほどの変化――〈フリーク〉化以上の化物になる事だったら?
 〈フリーク〉になる恐怖を押して能力者になる選択をしただけでも、弥彦には十分過ぎるプレッシャーだった。それがまた再び訪れる日がくるのかもしれないというのだ。
 想像しなかった副作用の可能性に、無言にならざるを得ない弥彦だ。
 その弥彦に向かって、アキオは眼鏡の奥の瞳を真剣さに彩りながら
「ま、せいぜい気をつけな。ギルの見て感じてる世界は、俺達みたいに長生きしちまって、他人様より多く〈人格波動〉の知識を持ってる魔術師でもわからねぇ、全く別次元レベルの世界だ。その目で見てる世界とか、俺達って、どんな感じなんだろうな……見たところ、あんたやあの木伏って女、ギルに相当、気に入られているぜ。どういう意味で気に入られてるのかはわからねぇが、危ねぇのは確かだからな」
「……気をつけるも何も、『危ねぇ』だけじゃわからないんですが」
 ああ、そうだなと、アキオは少しだけ考えるそぶりをした。
「ようするに、アイツは大好きなものほど壊したくなるタイプだって事さ。あんただってわかるだろ、あいつの目を見りゃ」
 ギルの目。
 あの、心の底から恐怖を引き出すような瞳や気配を思い出して、弥彦は気持ちを引き締める。
 アキオの言い分はただの中傷にも聞こえるが、この男は自分よりもずっと長くギルと付き合っていて、彼の事を良く知っている人間でもあるのだ。そしてその言葉を裏付けかねない雰囲気が、ギルにはある。
 全てをデマだといって切り捨てる事のできない話であり、相手なのだ。
 アキオの言葉は続く。
「俺が今まで見てきた限りじゃ、アイツはそういう奴なんだよ。ギルに関わって順風満帆だった人生が最悪の方向に変わっちまったヤツは、はいて捨てるほどいるんだ、気をつけておいて損はねぇぜ。あんたが〈フィスト――〉……ナントカをつける度に、もしかしたらあんたの体は壊されていってるのかも知れねぇんだ。あんただけじゃねぇ、柚実ちゃんも『銀色の壁』のブースターになる銀のカードもらってるけど、俺はあんまり使わせたくねぇな。〈赤目〉は元々〈フリーク〉だし新種らしいから、ギルの管理下にあった方が都合が良いのかも知れねぇが……あの木伏ってのは要注意だ。彼女はヤバイところまでいってるぜ、かなり」
 アキオはそう囁きながら、アスファルトに投げ捨てた煙草を踏み消した。
「まだギルの方に理性が残ってるうちに手を引かせた方がいい。古い知り合いが辛い思いをするのを見るのは、俺としても嫌な気分になるからな」
「古い知り合いって……え? アキオさん、木伏さんの事、前から知ってるんですか!?」
 そっちじゃないよ馬鹿と、魔術師は苦笑した。
「ギルの方だよ、ギルの」



 その時、三条尚起が立っていたのは、ある一戸建て民家の門の前だった。
 門の側には、都市部には珍しく、古く大きな木がそびえてる。その根や枝は土地を仕切るブロック塀を跳ね飛ばし、道路上、門の前に立つ尚起の頭上までその手を伸ばしている。
 木伏は先日から借りっぱなしのレンタカーを邪魔にならないよう道路脇に停め、隣りにいるギルに振りかえった。
 彼はサイドシートに深く腰掛け目を閉じていたが、木伏が車両のサイドブレーキを引いた音でゆっくりと瞳を開く。ダッシュボードの上に置かれている眼鏡に手を伸ばしながら囁いた。
「お前も来るか?」
「……よろしければ、ぜひ」
 ギルは木伏の返答を鼻で笑うと、無言でドアを開けた。カツカツと革靴の踵を鳴らしながら三条に近づく。ギルの接近に気付いた三条は、驚きに身構えた後、嫌悪をあらわにした。
「なんでお前がここに来るんだよ? ……こんな事なら別の日にすればよかった」
「それでは意味が無い」
 ギルはいつもどおり、煙草をくわえるとなんの予備動作も無くその先端に火をつける。
「そりゃ、どういう意味だ? 俺がここに来るのを知ってたのか?」
 三条は問い掛けながら、ギルの背後に控えた木伏に目を見張る。無言だがそれ以上に雄弁に、木伏の同行を不思議に思う視線。
 木伏はそんな三条の視線に向かって苦笑して見せた。自分でもどうしてこうなっているのかわからないからだ。
 ギルは煙草をつまんで揺らしながら、民家の門にもたれかかった。
「お前が今日の午前中の時間を目一杯つかって三条の家を調べているのが、本庁の記録に残ってたんでな。どうせ暇をもてあましてるんだろう? すぐにでも来るんじゃないかと思っていたら、案の定、飯時の犬みたいにすっとんで来たというわけだ」
 三条は舌打ちしつつ、ギルと同じように門へ身を預けた。二人の男が並んで立つその斜め前で、木伏はあたりの風景を観察する。彼らがやってきた民家は、庭の手入れ状況から見ても人が住んでいるようなのだが、今現在は人気が無い。平日の昼間だ、住人は仕事にでも行ってしまっているのだろう。家人を待つ庭はどこか寒々しい。
 その反面、民家を取り囲んでいる環境――再開発が進められつつある旧住宅街は、心なしか騒がしく沸き立っているように見えた。
 昨日、正式に〈軍部〉から緊急批難勧告が出されたはずだ。強制退去までは時間があるが、その時までもそんなに時間があるわけではない。ましてや、相手が〈フリーク〉の集団となれば尚更だ。気の早く行動的な人々なら、今日の午後には引越しが始まってもおかしくない。この場所のざわめく感じは、そのせいだろうか。
 真偽は『無意識の目』を使えばすぐにわかる事だが、彼女は使用を控えた。自分の能力は、自分と自分の仲間の為に使うものだ。自分とは全く無関係の人間のプライバシーを覗くような趣味など、木伏にはなかった。
 ギルは木伏の物思いも知らず、三条との会話を続ける。
「もちろん、それだけじゃない。〈西方協会〉も〈軍部〉も、都市部のあちこちで人格波動の計測をはじめている。ほとんどがどうでもいい人間や能力者のデータだが、お前みたいに特殊なタイプはすぐわかる。そいつを覗かせてもらっただけだ。……かなり詳しく観られているぞ、〈赤目のフリーク〉。あそこまでガチガチに監視されるとは、随分な人気だな」
 彼の含み笑いが、三人の間の空気を震わせる。
 三条は大きなため息をついた後、憎しみを込めた瞳で猫背ぎみのギルを見下ろした。
「前から聞きたかったんだけどな、ギル……お前って、例えば俺がお前の頭ぶち抜いたら、死ぬのか?」
「どうしてそんな事を聞く? 殺してみたいのか、私を? ククク……お前も私のお仲間って事か?」
「違う、お前と一緒にするな! でも、どうしてそんなの聞いてるんだろうな……お前見てるとさ、お前が死んじまうような気がしねぇからじゃねぇかな? 〈西方協会〉の連中もそう感じるんだけどさ」
「そいつは面白い感想だ。私としてはお前の疑問そのものよりも、お前がどうして今、この時になって、そんな事を聞いてきたのかの方に興味がわく」
 ギルは嬉しそうに煙草を指先で揺らし続ける。
「お前にはそう見えるかもしれないが、私だって死ぬ時は死ぬさ。私や〈西方協会〉の連中は、あくまで生体時間のサイクルが狂っただけだからな。人体システムにこれといった変化はない以上、私や連中も、失血死する事もあれば即死する事もある。未知の病原体に体を蝕まれる可能性もあれば、脳内血栓で半身不随になる可能性もある」
「結局、あんたも連中も、人間、なんだな」
 三条は吐き捨てるようにつぶやいた。
「やっぱり、あんたや木伏さんにはわかんねぇよな……俺が、どんな気分でこの街にいるのかなんて」
 その瞬間、ギルの眉がギュッとしかめられたのを木伏は見た。
 なんと言えばいいのかわからないが、珍しく苛立ちにも似た表情で
「ほお……では、その気分とやらを教えてもらいたいな、〈フリーク〉」
「人間のあんたには、どう言ってもわからねぇって言ってんだよ、このヤブ医者ッ! あんたの言うとおり、俺は〈フリーク〉さ。〈フリーク〉のクセに〈フリーク〉にもなれねぇ、肝心な時には尻尾巻いて逃げ出す、半端なクズ野郎さッ! 木伏さんはともかく、あんたは知ってんだろうがよ、サド野郎ッ!」
 木伏は、いつもの力無い笑みを浮かべる三条からは想像できない、唐突にあがった怒声に驚き肩をすくめる。それに気づいた三条は、バツがわるそうに木伏から目をそらした。
 ギルは三条の叫びを聞いてなかったかのように、苛立ちのような表情のまま静かに問う。
「私の質問に答えてないぞ? どんな気分かと聞いたんだ、聞きたいのは私への文句じゃない、お前の事を聞いてるんだ」
 ムカツクと三条は再び路上に向かって言葉を吐き捨てた。
 だが、しばらく続いた沈黙の後、ギルに向かってゆっくりと口を開く。
「自分が怖ぇんだよ、俺。また誰かを見殺しにしちまうんじゃねぇかって、そう思うと、どうしてここに戻ってきたのかって嫌になるんだ……前の〈マスター・フリーク〉を倒せたからって、いい気になって戻ってきた自分が、すっげぇ嫌になるんだ……。お前は俺をアイツに勝たせてくれるって言ってたよな? でも俺、お前がしてる事が全然わかんねぇんだよ。ただ変な薬飲んで、筋トレして、あとは何しててもいいって言われてもさ……それぐらいで勝てんのかよ? 本当に俺、強くなってんのか? 俺、この前の〈マスター・フリーク〉相手には、最初からちゃんと戦ったんだぜ? でも完敗した。それなのに、こんなに何もしないでいて、本当にアイツに勝てんのかよ?」
 息をついて、三条は続けた。
「それにこの前、変な事を言われたんだ。お前が俺に何かしてるってな。『石』ってなんだよ? 俺をお前の実験に使ってるのか? 俺に『三条尚起』を名乗らせてるのも、それと関係あるんだろ? ちゃんと説明しろよ。確かに俺はお前みたいに頭イイわけじゃねぇし、嘘つかれてもわかんねぇ。でも、ちゃんと教えてくれよ。俺は、どうなっちまうんだ? 強くなれるならかまわねぇけど……でも、あんたの変な実験で、もし俺が本物の〈フリーク〉になっちまう可能性があるとかそんな事があるなら、ちゃんと言ってくれよ。俺だって自分の後始末ぐらいできるからさ」
 ギルの煙草が少しずつ短くなっていくのを、木伏はぼんやりと見ていた。
 木伏には三条とギルの関係が、どうもはっきり掴めない。友人のようでもありつつ馴れ合う気配も無く、互いに不干渉の気配もありつつ患者と医師という密接な関係にも見える。
 互いを信用しているようにも見えるのに、互いを疑い続けているようにも見えた。
 言葉への反応をみせないギルに、三条は重ねて言葉を紡いだ。
「尚起はさ……いつも尚起は俺に教えてくれた。俺を信じてるから全部話すって。俺がいなきゃこの街は全滅するって、世界までも壊れちまうんだって、だから俺が必要なんだって教えてくれた。尚起の知ってる事はなんでも俺に教えるから、だから俺にこの街を助けてくれって、そう言ってくれた。でもあんたは何にも教えてくれねぇ。どうしてだよ? そんなに俺が信用できねぇのかよ? そんなに尚起を見殺しにした俺が嫌いか? それともお前にとっちゃ、俺は本当にただの化物でしかねぇのかよ?」
 三条の弱々しい呟きに、ギルはフッと表情を変えた。いつもの冷笑を浮かべながら木伏を見る。
「聞いたか、アヤメ。この〈フリーク〉、私に頭下げろと言って来たぞ。助けてもらいたいならそれぐらいしろとな」
 木伏が口を出す前に、三条が悲鳴のように叫んだ。
「違う、そんなんじゃねぇよ! そうじゃねぇんだ! ちくしょうっ、なんて言えばいいんだか、わかんねぇッ!」
「じゃあ、どういう意味だ? ん?」
 ギルが突然、三条の胸倉を掴んだ。驚愕に顔を強張らせる三条に、ギルは冷笑を近づける。
「尚起の目も、結局は節穴だったようだな。こんな奴にこの街の未来をあずけて死ぬなんてな。生きてる頃から馬鹿だ馬鹿だと思っていたが、あいつには心底、失望したよ」
「……尚起は関係ねぇだろ!」
「あいつがお前に頭を下げたおかげで、今のお前が天狗になってるなら、十分、関係があるぞ。あいつがお前をたきつけたおかげでこの街を守る気になったなら、十分すぎるほどの罪だ」
 わけわかんねぇよ――三条が再び吐き捨てると、ギルは低く笑った。
「もし、あの三条尚起が今の時代にいたなら、どんな行動をしてるだろうな?」
「え?」
「そんなに〈マスター・フリーク〉と戦うのが怖いなら、さっさとこの街から出ていけばいい。あの時みたいに後始末はしてやる」
 三条は沈黙し、訴えるように木伏に目を向けた。
 残念だが木伏にはその視線へ応える事ができない。『三条尚起』を知らなければ、〈赤目のフリーク〉のいなくなったこの街を〈マスター・フリーク〉から守る手段があるかどうかわからない彼女にとって、安易な言葉をかけることなどできなかった。
 少なくとも、苦しんでいる三条に向かって、その場しのぎの言葉を与える事などできない。あまり多く語りあった事のない仲間だからこそ、大事にしたい気持ちがあった。
 三条は木伏を見ていて、彼女から応えが引き出せない事を悟ったのだろう。諦めたようにノロノロとギルへ視線を戻した。その、三条を嘲り続けている目に向かって
「……そんな事して、いいのか? 俺がいなきゃ、お前の計画は丸つぶれだぞ?」
「みそこなうな、私を誰だと思ってる。私は『現代の錬金術師』だぞ? 必要な物がなければ、あるものを変化させ、創り出せばいいだけだ。……時間はかかるかもしれないが、空間崩壊を食い止めつつ、〈マスター・フリーク〉を倒せるだけの波動構造の場を作り上げればいい。〈軍部〉の奴らを総動員すればおとりぐらいの役にはなるだろう。その間にどれだけの人間が死ぬかわからんが、まあ、この私には関係ない事だ。むしろ大掛かりな実験ができて笑いが止まらんだろうさ……そして逃げ出した貴様にも、全く関係の無い話になるはずだ」
 三条の胸倉を掴んでいたその手を、ギルは荒々しく振りほどいた。
「なあ、〈フリーク〉……本当に逃げ出したいのなら、その前に教えろ」



「お前が本当に欲しいものはなんだ?
 お前がこの街に戻ってきた理由はなんだ?」



 その答えが、震える三条の唇から発せられる直前だった。
 スッと、三条の手があがった。まるでギルの頭部を覆うように。次いで、その手がバシュンという破裂音と共に血を吹き肉片を撒き散らす。
 自分をかばって傷ついた三条の手を、横目で眺めて笑うギル。
「余計な事を……」
 痛みに三条が吠えた。だが手を降ろしはしない。むしろ、全身でギルをかばうかのように半歩前に出た。その肩をギルが掴んで制する。
「やめろ、今のお前は体を休める時だ。下がってろ」
「なに言って――」
 不意にギルが横凪ぎに腕を振る。いつの間にか握られていた数本のメスが空中に放たれ、爆散する。目に見えない攻撃を、メスが迎撃したのだ。
「やめろ、ギル。お前がやる事はねぇだろ!」
 軍医はその言葉を無視。
「貫通力は無し、迷彩機能と不完全だが反〈人格波動〉の発生能力あり。ん? 跳躍した? こっちは仲間か、なるほど、面白い。……アヤメ、こっちに来い!」
 ワケもわからず駆け寄った木伏に、ギルは三条の腕を握らせた。
「こいつと一緒にここにいろ。いいな、一歩も動くな」
「しかし、ギル――」
「お前達の命令は聞かんと前から言ってるだろうが」
 ギルは素早くしゃがみこむと、白衣のポケットから一本のペグ《杭》を取り出した。細長い小さな瓶の様に半透明なペグには、文字のようにも見える複雑な文様が描かれてる。彼はそのまま、手の中のペグをアスファルトに向かって突き入れた。砕け散ると思えそうに細い先端は、苦も無く固い人工物の中に埋没し、ペグを直立させる。
 ギルがペグの登頂に手を置いたまま、ボソリと聞きなれない言葉を発する。地面から顔を出していた杭の上部が音も無く四散し、三人の周りが曇り硝子にも似た白い光の壁に覆われた。
「これを見た事はあるか、アヤメ?」
「い、いいえ」
「これが空間閉鎖だ。外からの攻撃をほとんど受け付けなくなるが、外壁設置点をポイントに外部情報を取り込む。だから外の様子もわかるというわけだ。特にこのパターンで構成された空間閉鎖の強制解除は、設置者本人にしかできない」
 余裕なのか、それとも最近の情緒不安定からなのか、今は必要ないはずの説明まで語り出すギル。
「コイツを破れるのは〈西方協会〉か、Aクラス以上の〈特務〉能力者ぐらいだ。コイツは試作機だから三分も持たんが……時間的余裕は十分にある」
 じゅうぶん?
 木伏がその言葉の意味を問い掛ける前に、ギルは白い壁の向こうに歩み出た。
「ギル!?」
 思わず手を伸ばした木伏の手は、白い壁に当たって弾かれた。錬金術師が説明したように、これは設置者――この場合はギル――しか、この壁を刷り抜ける事ができないのだろう。木伏と三条はこの半透明の白い壁に閉じ込められたのだ。
 三条に助けを求めようと振りかえった木伏の目に、歯を食いしばる彼の悔しそうな表情が飛び込んできた。手の傷口を押さえる腕がブルブルと振るえている。その引き締まった筋肉を晒す腕が、生き物のように蠢いていた。
 彼は、この空間閉鎖を自分が破れない事を知っているのだ。その怒りが、彼を異形の姿に変化させようとしている。
 それを知らないであろうギルは、正面の空に向かって声を張り上げた。
「出てこい、〈西方協会〉所属のクズどもが。なんのつもりか知らんが、私を殺そうとするには、覚悟してやってるんだろうな?」
 〈西方協会〉が? なぜ?
 三条が身を乗り出す。彼も驚いているのが、その痛みに耐える荒い息遣いの下でもわかった。
 閉鎖された空間から出たギルは、遠い目であたりを見まわし、そして楽しそうに声をあげて笑った。
「アハハハ……なるほど、どうやら、周りの人払いはしてあるようだな。さすが〈西方協会〉、どこかの無差別テロ集団とはワケが違うらしい。自分は正義漢きどりか? だが、後悔するぞ? すぐに助けを呼びたくても呼べない状況になる。このまま私と遊ぶつもりならだが」
 ギルの警告の言葉は、人通りの少ない住宅街に吸いこまれる。
 そして彼は、何気なく横に足を踏み出した。続けざまにパンパンという音が鳴り響き、その一つはさっきまでギルが立っていた場所のアスファルトを破壊する。
 破裂音は続く。攻撃のリズムにマシンガンのような連続性はないところが、相手が能力者という「人間」である部分を感じさせた。そして、〈特務〉の攻撃系能力者のように、十分な訓練はなされていない事も。
 軍医はスルスルと、地下室に閉じこもっていた人間とは思えない身軽さと足運びで移動し、見えない攻撃をかわしつづけた。
 いや、彼には見えているのかもしれない。木伏の『無意識の目』を看破した時のように、木伏達には見えなくとも、彼には見えてるのかもしれないのだ。
 攻撃されているというのに、ギルは焦りの一欠けらも見られない表情で宣言する。
「ほお……どうしても来るつもりか。ちょうどいい、私もムシャクシャしてたところだ。楽しませてもらうぞ」
 木伏は我知らず、三条の腕を握る手に力をこめた。
 三条は言っていたはずだ。ギルは産まれながらの能力者――通常はありえない能力者なのだと。だがその能力より軍医は、変人の研究者として見られる自分を選んだのだと。
 なら木伏は、この妖怪と呼ばれる軍医が滅多に使わない能力を発動させる姿を見る事ができる、じつに貴重な場にいるのだ。
 木伏は自分でも不謹慎に思いつつも、次に訪れる「能力者としてのギル」を目にする瞬間を心待ちにしていた。




←PREV | INDEX=R-T-X | Home | NEXT→
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6-1 | 6-2 | 7-1 | 7-2 | 8-1 | 8-2 | 9-1 | 9-2 | 9-3
10-1 | 10-2 | 10-3 | 11-1 | 11-2 | 12-1 | 12-2 | 13-1 | 13-2


copyrights (c) 2001-2017 suzu3ne@CloudCollector'sVector(2CV) All rights reserved.