R-T-X 「13・双子と青年(中)」
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 コージが何か言おうとした。
 どちらかと言えば、笑顔の言葉をかけようとしたのだろう。
 なにも知らなかった彼のことだ。素直に喜んでくれたのだろう。
 しかし、彼はアーガイルとは違った。
 柚実の表情に気づいて口を閉じるだけの気遣いができたのだ。
 柚実は養父母たちに問いかけようとした。
 声が震えそうで、なるべくゆっくりと口を動かそうと試みる。
 そのわずかな瞬間でも、脳裏にフラッシュバックする事実。相田一裕が佐々木和政である事実。
 養父母たちに気づかれてはいけない。
 あの和政なら、自分の秘密を他人に漏らしたこの養父母たちに何をするのか、想像がつかない。
 いや、彼の出すであろう結論だけはすぐに思いつける。それをどのタイミングでどんな形で行うのかが想像できないが、何をしてもおかしくない。
 だから、気づかれてはいけない。
「おとうさんたちは……この後、どうしようと思ってるの?」
 言い切った時に、自分でも不思議な程に大きな疲労感に襲われた。どうにかして、この重々しい気持ちを動かそうとしたが、言葉を出すことだけでも精一杯だったのだ。
 養父母たちは、柚実の言葉に何を感じたのだろう?
「怒ってるか。仕方ないけど……」
「怒ってはいないよ。ただ、すごく……どうすれば良いのかわからないだけ。次に会った時、なんて話せば良いのか、全然わからないってだけ」
 二人は顔を見合わせた。
「もしかして……もう和政に会ったのか?」
 そう、その通りだ。
 その事実に心の底から震えてもいる。
「ううん、似てる人を見かけただけ」
 どうしてその言葉を選んだのかわからない。
 何かに蓋をしてしまったような後悔が一瞬だけ脳裏に閃き、そして重い気持ちを更に重くした。その重さは、柚実の唇を固く閉ざす。
 柚実が語れない事を、家族である二人は気づいた。一緒に暮らしてきたからこそ気づいてもらえたんだろう柚実は思う。
 養母が柚実の顔をのぞき込むように首を傾げた。そのまま、言い聞かせようとする。
「とにかく、あんな演説があった以上、お前のことも和政のことも心配で。ギルさんは大丈夫だと言ってたけど、〈E.A.S.T.s〉が本当に友好的な組織だとわかるまで、絶対に気を抜かないで欲しいって思って。あんなテロをしておいて、今更でしょ? 私たちもどうすれば良いのかわからないけど……あの人たちを全部信用しちゃいけないとも思えるし、あの代理だったギルさんなら信用できるような気もするし、複雑な気持ちなんだけど」
「……わかった」
「それに、今は避難するとしても、終わったらまたここに戻ってくるからね? 柚実も、いつでも帰ってきて良いんだからね?」
「……成人するまでは、ダメだって」
「わかってる。だから、その後でも良いからね?」
 目を逸らそうとしない、そして駄々をこねるかのように繰り返す養母に、思わず柚実の方が目を逸らした。
「私、もう能力者だよ? 気持ち悪くないの?」
「頭が良いのも悪いのも、走るのが早いのも遅いのも、みんな能力でしょ? お父さんとも話をしたんだけど、柚実の才能が一つ増えたぐらいで、どうして気持ち悪いなんて言うと思うの?」
 養母の気持ちは、痛いほどわかった。柚実からなんとしても「帰る」という言葉を聞きたいこともわかった。
 でも、それでも、今の柚実には言えない。
「私、もう、取り返しのつかないことをしちゃったんだよ?」
 この両親、この養父母の知ってる柚実とは違うのだ。
「……何を? 何かしたの?」
「美雪って、部活の時の後輩の子に会って……その時、〈フリーク〉が出てきたんだ」
 両親とも呼べる人たちは、二人とも目を見開いた。
「もう〈フリーク〉に会ったの? どうして――」
 黙るなら今のうち。
 そんな風にも思ったが、もう一度切られた口火は止まらなかった。
「私ね……その子、美雪を守りきれなかったんだよ? 美雪を見殺しにしちゃった人間だよ? そんな人でも良いの? 気持ち悪くないの?」
 養母が悲鳴のように息をのんだ。
 そのまま口元を押さえながら、柚実と視線を合わせた。何も言えず見ている間に、養母はボロボロと泣きだし、そのまま嗚咽した。
 良く知る、そして泣き出す姿など想像できなかった人が泣き出すのを見るのは、不思議な気分だった。
 さんざん泣いたのは自分だというのに、ましてや親と思っていた人間が泣き出すのを見るのは、美雪のドッペルゲンガーを見た時のように現実味がなかった。
 養父は妻の背を撫でてやりながら、うつむき加減で独り言の様に語る。
「生徒の何人かが亡くなったっていうのは、シェルターで少し聞いたんだ」
「そのうちの一人が、美雪だよ」
「そうか」
 しばしの沈黙。
「どんなベテランでも、ミスはするもんだ。おとうさんの職場にもいたさ。おとうさんだってミスをした。でも起こってしまった事は仕方がない」
「見殺しにしたのは、仕方ないっていうこと?」
「そうは言わない。だけどお前は生きてるし、生きていくことを考えなきゃいけないだろう?」
 綺麗ごとだと柚実は思ったが、反論する気力もなかった。
 養父の人生には、絶対に取り返しのつかなかった事など無かっただろうと思う。誰かが埋め合わせのできるだろう失敗はあっただろうが。
 だが、美雪の命はそんなものではない。それがわからない養父の言葉など、綺麗ごとでしかなかった。
 養父は続ける。
「私たちも、この騒ぎの後に生きていくことを考えなきゃならない。その時、お前が一緒にいる事が前提なんだ」
「だけど、私は――」
「お前が何をしたとしても、私たちはここでお前を待っていると言っているんだ。お前がここに帰ってくるつもりが無いなら、その気になるまで〈特務〉に居ればいい。〈特務〉もこの家も嫌なら帰ってこなくてもいい。でも私たちは待ってるつもりだ」
 うるさい。
 養父がなんと言っても、美雪の命が失われたのは柚実の力不足であることは覆らない。
 覆らない以上、柚実が平穏な生活に戻ることも許されない。
 だから、うるさい。
「それでも私、美雪の――」
「その子の不幸の分を、自分で背負う必要はない」
「おとうさんは、自分でやったわけじゃないから――」
 養父の顔を、まともに見れない。
 嗚咽をもらし続ける養母の顔は尚更だ。
「だったら、お父さんも辛いのを背負ってやる。お母さんだってそうする。誰か文句を言ってきたら、一緒に聞いてやる。一緒に謝ってやる。だから帰ってきなさい」
 三条の正論と同じだ。いつまで話しても綺麗ごとばかりだ。
 自分の痛みを分かちあうことなど、とうていできやしない。
 とはいえ、綺麗ごとなだけに、それが正しいような気もする。自分の罪への執着の方が醜いようにも思える。
 だが、これまでも苦労や心配をかけてきたこの人たちに、今まで以上の負担を強いても良いんだろうか?
 人殺しの娘を見守る苦痛を与えても良いのだろうか?

 ふと、和政の気持ちがわかったような気がした。
 何も知らない普通の人たちと、もう普通ではないと自覚してしまった自分が、一緒に過ごせるはずが無いという確信。

 初めて、柚実は相田一裕=佐々木和政を身近に感じた。

「柚実ちゃん」
 コージが、養父との視線に割り込むようにのぞき込んでくる。
「おとうさんたちもこう言ってくれてるんだから、やっぱり、ここに戻りなよ。俺もさっき言ったけど、それが一番良いと思うよ?」
 コージは、自分に近い人間だ。
 自分よりほんの先を行くだけの、手の届く存在だ。だから、彼の言葉は自分の言葉にとても近い。
――戻りたいのか?
 いや、戻りたいと思っていた。ずっと戻りたい、それができるなら、全て告白できるならどれだけ気分が楽だろうかと、この家に来る道すがらにも考えた。そして諦めた。
 だが、この家に着いて、コージから戻れる方法を聞き、成り行きで罪を告白し。
 そして今、それでも二人が戻ってくるまで待っているというのなら。
 戻ることに、何の障害もあり得ない。
――そうか……私、やっぱり戻りたいのか。
 全て無かった事にしてくれるというのなら、戻りたい、帰りたい。それが柚実の本音だ。コージはそれを代弁してくれているにすぎない。
――自分は、〈特務〉には向いていない。
 まだ初心者とはいえ、疲れはててしまった。これが延々と続きかねない場所に留まることなど、とても考えられない。
 ならば、さらに大きな足手まといになる前に、ギルたちの前から立ち去るべきなのだろう。
――おにいちゃんは?
 彼は残るだろう。あれだけ、急な戦闘に対しても平然と対処していた少年だ。今後も戦場を渡り歩くに違いない。
――笑われるだろうな。
 笑われてもおかしなことではない。
 それはわかってる。木伏も弥彦も反対するとは思えない。ギルもしかり。『本庁の妖怪』の事だから痛烈な皮肉は喰らうとしても、それ以上はない。
 アキオなど、むしろ歓迎するかもしれない。〈西方協会〉に勧誘する可能性もある。それも良いかもしれない。柚実のことを良く知っている彼なら、身の振り方を任せても良いような気がする。
――でも、それで良いのか?
 自分だけ逃げ出して、それでいいのか?
 逃げ出したとは誰も思わないかもしれない。だが、それで良いのか?
 三条に、目を向ける。
 三条は壁にもたれたまま、柚実の視線を受け止めた。
 数秒の無言の間。
 そして、わずかに首を傾げた。
「納得できないなら、納得するまで動けばいい。動きたくないなら動かなければいい」
 そう、柚実は納得できていないのだ。
 逃げ出したい、そしてこの家庭に戻りたい――でも、それがどれだけ切実な願いだったとしても、納得できていないのだ。
 正しいことなのか間違っていることなのか、それらを全部無視して自分の感じているままに帰ってしまって良いのか、誰かを巻き込んでしまうかもしれなくとも我が儘を貫いて良いのか。
 全て、納得できていない。
 だからこそ、こうやって迷うのだ。
「俺も昔、命の恩人を目の前で見殺しにした人間だ」
 コージが喉の奥で妙な音を立てた。それほどに驚いたのか。確かに、ケネス小隊を助けに入った三条の姿を思えば、そんな失敗があったとは思えないのだろう。
 でも柚実は知っている。思い出せる。
 柚実を弥彦のドッペルゲンガーから守ろうとした時に、彼が叫んだ言葉と、その悲痛さを。
『こんなんじゃ――前と同じじゃねぇか、誰も守れねぇじゃねぇかよっ!』
 おそらく、ほとんどの人間が知らないだろう。彼がどれだけ他人を救おうとし、どれだけ過去の自分の行動に苦しんでいるのかを。
 柚実は今、初めて、彼が恩人を見殺しにしたと聞いた。それなのに、もうすでにずっと前から、知っていたような気がしていた。
「俺は恩人の敵討ちの為に〈フリーク〉を殺しまくった。〈マスター・フリーク〉も倒した。混乱が収まるまで戦ったけど、どうしても納得できなかった。みんなが良くやったと言ってくれたけど、俺が見殺しにしたのは、紛れもない事実だったからな」
 そして俺は耐えられなくなったと、三条は続けた。
「ギルは俺が頼んだとおり、俺の記録を全て抹消した。そして今まで俺は、俺の気が済むまで、俺の好きなように人目を避けて生きてきた。誰がなんと言おうと、俺が納得できる結果が無い限り、俺はずっと人目を避ける生活を続けるつもりだった」
 俺はきっとワガママな男なんだよと、わずかに苦笑。そして、「ギルと同じぐらいにな」と付け加える。
「俺が恩人に助けてもらったように、俺はあいつの代わりに誰かを命がけで助ける。助け続ける。それが今のところ、俺が納得できる結論だ。今回の騒ぎでも失敗したら、おそらく俺はまた、次の〈マスター・フリーク〉が出てくるのを待つだろう。納得できるまで、何度でも繰り返すだろうな。何度感謝されても、もう十分だと言われても、俺が納得するまではそれがずっと続くと思ってる。そして納得できた時に、初めて、次の事を考えられるようになるとも、思ってる」
 気が遠くなる。
 以前は百五十年前、そして今回は想像していたよりもずっと早く起こった災害だと言われている。
 次を待つとしたら、一体いつになるのだろうか?
 今回も納得できないとしたら、三条は一体、どれだけの時間を費やして、この自分自身の負い目と戦わなければならないのだろうか。
――三条さんだからできることだ。
 どれだけ時間を費やしても良いような、〈フリーク〉である彼だからできる事なのだ。
 柚実には、そんな時間はない。
 いや、そんなにも長い間、こんな気持ちを抱えていられるとは思えない。だからこそ、人間には忘却という防衛装置がついている。
「他人から見ればくだらない過去かもしれないけれど、そのくだらない記憶の中でしか生きられない人間もいる。その鬱憤を今にぶつけて憂さ晴らしして、それでようやく生きてる気分になれる人間だ。そして俺はそういう人間だ。たぶん、ギルもそうだ。君がどういう人間かは知らない。だけど、俺みたいな奴もいると思えば、少しは気が楽じゃないか?」
 彼の時間の流れは違う。おそらく、ギルやアキオと同じぐらい違う。
 ならば、柚実は柚実の時間の流れで解決しなければならない。彼らとは違った、限られた時間の中で解決しなければならない。参考にしてはいけないはずだ。
 しかし、納得行かないなら、納得できるまで――それは魅力的な言葉でもあった。
 それでも、柚実には時間がない。早々に「納得」に至らなければ、どこかで決めなければならない。
 過去にとらわれたまま生きるのか、吹っ切るのか。
 三条がとらわれたままで良しとするなら、柚実もそのままで良いのか?
 いや、柚実に悠久の寿命が無い以上、どこかで吹っ切るしかないはずだ。
 だが、どこで?
「君がその気になるまで、〈特務〉に居ればいい。ギルは約束を守る男だ。よっぽどの理由や予想外の展開がない限り、君に危害を加えることはないだろう。もちろん、君がギルの敵にならなければって前提だけどな。その上、それまでの間をご両親が待っている。俺よりも、よっぽど未来がある」
 未来がある。
 三条もわかっているのだ。自分の気持ちの整理が、下手をすると永遠につかない類のものだと。
 彼には未来がないと、自分で言っているのだ。

 不意に、柚実は三条への怒りが噴き出すのを感じた。

 未来のない解決方法を示した彼に、それしかないと思っている彼に、そしてそれを自分一人で進もうとしている彼に対して。
 そしてその怒りは、すぐに疑問へと変わる。
 自分たちが居なくなったら、彼はどんな風に生きるのだろう?
 ギルやアキオは残っているかもしれない。だが、彼らもずっと存在するとは限らない。
 三条は、この先もギルや〈特務〉に振り回されて生きるのだろうか? 何百年も後になってすら、彼はこの〈フリーク〉の災害の度に、誰かの為に拳をふるうしかないのだろうか?
 ならば彼は、何の為に生きているのだろうか?
 ギルやアキオたち以上に――彼らは増え続けるであろう能力者を助け続ける事が目的だろう。それは長い人生のほぼ毎日を費やす仕事のはずだ――三条は、目的の薄い生を長々と生きることになるのではないだろうか?
 ただ一点――何百年、何千年に一度にやってくる〈フリーク〉の大量発生とその〈フリーク〉を倒し続けるという事が、三条にとってどれだけの価値があるというのか?
「三条さんは、どうするつもりなんですか?」
 三条はどうしたいのだろう?
 敵討ちを続けても、その不毛さの果てに、彼は何を手に入れたいと思っているのだろう?
 それは双子の兄に対しても思う。
 両親の敵討ち――それはよくわかる。
 だがその為に彼はどうなってしまったのだろうか。柚実を蔑み、世間を鼻で笑い、人を人と思わぬ態度でマニュアルを投げ、まるで一足先に大人になったような顔で〈フリーク〉を破壊する――それが敵討ちをする為に身につけた所作であるのならば、その後に彼は何を得られるのだろうか?
 和政はまだ良い。『〈特務〉の切り札』、〈特務〉が必要とする限り、戦場を渡りあるくだろう。
 しかし、三条は?
 〈赤目のフリーク〉は?
 どこにも存在しないはずの、都市伝説の妖怪は?
「どうするって……俺?」
 初めて。
 そう、初めて。
 柚実は初めて、三条が可哀想だと思えたのだ。
 自分とは違う流れに生きていて、自分とは全く違うスピードとパワーの戦いの中に生きていて、それなのに、たった一つの汚点の為にもがいている彼。
 一つのミスぐらい――いや、その一つがどれだけ重いものなのかは、当人しかわからない。それは柚実自身がよくわかっている。だがそのミス一つが、彼を何百年も縛り付けているとなれば、その事が彼の行動の全てであるというのならば――殺されてしまった恩人とやらでさえ許してくれるのではないのだろうか?
 いや、許していないのは、過去の三条自身だ。それは彼自身もわかっているだろう。
 柚実は思う。
 三条を助けたい。
 自分と同じようなこの人を、助ける方法はないのだろうか?
 柚実自身が手伝えることはないのだろうか?
 おこがましいかもしれないが、三条の負担を軽くする方法はないのだろうか?
 彼を助け出せるなら、自分も助け出せそうな気がする。同じ事に苦しんでいる二人なら、今は考え方が違えども、どこかでわかりあえて、互いの納得にたどり着けるかもしれない。
 コージに対しても感じたこと――似たような年齢と経験の薄さだからこそ、コージを手本にして学んでいこうと考えたこと、それと全く同じ事が三条にも言えるはずだ。
 一緒に学んで、解決策を考えることが。
「私が納得して、そしてここに戻ってくるとしたら……三条さんは納得した後、どうするつもりなんですか?」
 彼の未来がないとしても、養父が言ったように、自分たちは生きなければならない。
 三条もまた、〈フリーク〉が出現する間、しばらくはこの都市に留まらざるを得ないだろう。
 三条は、どう生きるつもりなのか。
 三条は少しだけ眉間に皺をよせ、怒ってるのか笑っているのかわからない表情を作った。
「さぁな。考えた事もない」
 少しだけ考えて、冗談のように呟いた。
「『三条尚起』は、ギルの親友なんだ。だから、あいつが何と戦ってるのか、全部見てやるのも悪くないと思ってる。俺は今まで、自分のことで精一杯だったから、あいつの事、本当は全然知らないんだよ」
 その表情は、自嘲だったのかもしれない。
「あの変態医師がこれまでも、そしてこの先も死んじゃならない人間だとわかった以上、あいつの人生につきあってやるのも、俺なりの恩返しになるかもしれない」
 今言えるのはそれぐらいかなと、三条は表情を変えずに付け加えた。
 柚実は人知れず、細く細くため息をついた。
 三条がまた遠ざかったように感じた。



 三条と柚実の会話が一段落ついたと見た養父が、涙をふき取り始めた養母から手を離し、柚実に向き直る。
「これから柚実は、嫌でも〈E.A.S.T.s〉と仕事をするようになるだろうと思うけど、今までどおり、ただのテロリストだと考えて接しているかもしれないと思うと、どうしても気になってしまったんだ」
 三条は、動き続けろと教えてくれた。
 だが養父は戻ってこい、つまり、もう止めても良いと言ってくれている。
 三条の意見に反対せず、あくまで柚実の判断にゆだねようとしているのは、この養父らしい言葉だと思った。
「もちろん、おまえに何かしろと言ってるわけじゃない。むしろ、あんな声明を出した以上、真摯に受け止めるのが正しいだろう。だけど、私たちがどんな想いであの事件を見ていたのか、お前がこの先、彼らとどんな仕事をするのだろうかと思った時、今、全部伝えておかないといつ伝えられるのかわからないって思ったわけだ」
 養母も目元を腫らしながらウンウンと頷く。
 「家に戻り柚実を待つ」という結論を出すまで、彼らはほとんど時間を要さなかったのだろう。
「この事を知らなければ、お前は永遠に和政が〈軍部〉に行こうとした気持ちもわからないだろうし、両親の真実も知らないままでいる。私たちの秘密や不安を、お前に伝えておかなければ、死ぬに死ねないと思ったんだ」
 もちろん、〈特務〉になったお前に会いたいって事もあったよと、養父は冗談めかして付け加える。
「これで私たちの秘密は話した。お前も自分のやってしまった秘密を話した。これで全部チャラだ」
 柚実は、何も言葉にできなかった。
「いろんな事を話したばかりだからな。ゆっくり考えればいい。でも私たちも、そろそろシェルターに行こうか。みなさんに迷惑をかけるわけにはいかないだろ?」
 もちろん、話したいことは沢山あるはずだった。
 だがどこから話せば良いのかわからないのも事実だった。そもそも、養父母たちに対して、どんな気持ちを抱いているのかもわからなくなってしまっていた。
 家に帰りたい。〈特務〉になんて戻りたくもない。
――でも今は違う。
 家に戻りたくない気持ちも強い。彼らに断言できないもどかしさに苛立つ自分もいる。
 彼らを安心させる為にも言うべきだと思いつつ、柚実の中の正義感は言うべきではないという。
 様々な事柄に対して、全く、準備も納得もできていない。
 一度は身近に感じ、そして遠ざかってしまった三条への、言いようのない苛立ちも胸を濁し続けている。
 言葉を失ったままの柚実は、ただ頷くしかなかった。すぐに三条が後を引き取ってくれたから良かったが、彼が口を挟まなければ、ずっと頷き続けていただろう。
「幸い、この辺りは空間断層のズレも少ないようです。うまくすれば、この建物は無傷で済むでしょう」
「そうなる事を願ってるんですがね」
 コージもごちそうさまでしたとティーカップを置いて立ち上がった。
「お荷物はどこですか? 俺、運びます」
 養父はコージに好感を抱いたようだ。和政と同じ年頃で〈特務〉の制服を着込んでいる事もある。優しい気遣いもできる彼が、養父の気持ちを和らげた事は想像に堅くない。
「ありがとう。でも荷物は先にシェルターに運んである。ほとんど無いよ」
「それじゃ、みんなでシェルターまで送ります。俺が能力で〈フリーク〉が居ないことを確認しながら帰れば安全ですから。それに三条さんが居れば、万が一もありません。それは保証します」
「それじゃ、送迎だけ、お願いしようか」
 養母がティーカップを片づけはじめ、柚実は習慣的にそれを手伝う。
 養父の言葉がなければ、全ていつも通りのはずだった。
「洗い終わったら、声をかけてくれ。電気と水道の栓を閉めるから」
 いつもより丁寧に洗い、すすぐ母。必要最小限しか話さない母の姿には、先の言葉とは違って、今までとは全く違った壁を感じてしまう。
 柚実は黙って、カップを磨きあげることに専念した。



 あらためてケネスから許可をもらい、三人は佐々木夫妻を送って行くことになった。
 無線を通じて直接説明したのはコージだったが、ケネスは「良かったな」と「わかった」の二言しか話さなかったらしい。
「隊長らしいよ。どーせ、俺には何も言わないんだ。いつもどおりだよ、もう諦めた」
 コージは愚痴をこぼしたが、もしかしたら柚実を気遣っておどけていたのかもしれない。
 シェルターに戻る間、養父はあれやこれやと、とりとめの無い話を繰り返した。コージや三条が相づちをうちながらも、全員がどこかギクシャクしたまま、シェルターへたどり着く。
 〈フリーク〉化の原因が諸説ある以上、シェルターの中に戻るには何重もの検査をくぐる必要がある。長年の研究結果によりできうる限りは簡略化されたとはいえ、やはり時間はかかった。
 それに、シェルターから抜け出した人々は養父母たちだけではない。
 まだ合流できぬ家族を探しで出て行った者や、別のシェルターへ移動したいと申し出る者、別のシェルターから家族の居るシェルターへ移動してきた者も居れば、職場の研究内容が気になって一度職場へ戻った者、着の身着のままやってきたは良いものの保有している財産の様子が気になって出てしまった者、よからぬ事を企んでうろついていたところを捕まって連れてこられたような輩もいれば、〈西方協会〉や〈E.A.S.T.s〉の一員として活動した後に保護された者……。
 とにかく、思いがけない理由と思いがけない風体の人々が、〈シェルドライブ〉の〈特務〉たちの監視の元、検査を受けるべく押し合いヘし合い並んでいる。
 荷物の運搬業務の警護で一日過ごしていた柚実だったが、裏口は主に関係者ばかりでさほどの混乱は見られなかった。もちろん、民間の人々の声も聞こえなくもなかったが、この非常事態に、政府を手伝うべく活動している人々だ。外見だけでも、良識ある人々の方が多かったのだろう。
 まさか検査場がこんなに混雑し、殺気立っている場所だったとは。
 三人は、逃亡のおそれがあるのでと断りを入れ、養父母が検査場に入る順番が来るまで付き添っていた。
 養父は何度も、ここまでで良いと言ったのだが、すっかり黙り込んでしまった養母が、柚実の手を握って離さなかったのも原因だった。
 柚実もいつ〈フリーク〉に襲われるかと内心ビクビクしている人々の――〈フリーク〉化の徴候を確かめる為に並んでいる以上、この列の誰かが突然〈フリーク〉となって襲ってきてもおかしくはない。もちろん、自分がいつ理性を失ってしまうかの恐れもあるし、陽性で隔離されてしまうかもしれない恐怖もある――緊張感漂う現場に、気弱になってしまった養母を置いていくのは気が進まなかった。
 ようやく順番が回ってきた時、養父は養母の手をゆっくり取った。柚実の手から受け取るように、代わりに握る。
 すがるような養母の目を、柚実はぼんやりと眺めた。
 とりあえず、互いに何も言えずに頷く。
「待ってるからね」
 養母はようやくそれだけ言って、背を向けてしまった。
 養父も同意するように頷き、またなと言った。
「娘を、よろしくお願いします」
 三条に向かって、二人は丁寧にお辞儀をし、そして養父が養母の肩を抱きながら、扉の向こうに消えていった。



 二人が無事、シェルターに迎えられたと検査員からの連絡を確認した柚実たちは、ケネスの待つ場所まで徒歩で移動することになった。
 立て続けにいろんな事が起こったせいで、柚実の足取りは重かった。今回ばかりは、コージもどうすれば良いのかわからないらしく、ただ黙って柚実の隣りを歩いていた。何度も話しかけようとしてくれたのは気づきつつも、柚実から話しかけられるような心の余裕はなかった。
 三条は二人から数歩前を、周囲を警戒しながら歩み続ける。時にはコージに引き留められるほど先行している時すらあった。
 幸運な事に、柚実たちの家の周辺には〈フリーク〉が出にくいらしく、柚実は頭の中の混乱を収める事に専念する。
 〈E.A.S.T.s〉が、両親の敵であること。
 それだけでも十分に大きな事件だったはずだ。
 それに加えて、相田一裕が双子の兄である和政であった事実。
 確かに、養父母たちの気持ちはわかる。今を逃せば、柚実が真実を知る機会は永遠に失われていたかもしれない。
 それでも、恨みがましくなってしまう。
 シェルターからもケネスの待つ簡易拠点からも十分に離れている事を考えた途端、その苛立ちは瞬間的に沸騰した。
「みんな、知ってたの?」
 思わず柚実の口から出たのは、三条を咎める、小さな悲鳴だった。
「みんな、ギルの部隊の人たちは、ずっと知ってたんですか? あの人がお兄ちゃんだったって、ずっと知ってて黙ってたんですか!」
 どんな顔をしていたのだろうか。
 柚実さえも自覚している、あまりにも突然の問いかけだ。子供じみてるともわかっている。それでも、あふれ出した恨みと怒りは止められなかった。
 三条は平然としていた。それはまるで、柚実の事など歯牙にもかけぬと言った風で――そう、〈赤目〉の時のようですらあった。
 〈赤目〉であった時の三条が、弥彦に連続殺人犯である〈赤目〉と間違えられた時の顔だ。弥彦の怒声を、異形まま聞き流していた時の。
 顔かたちは違っていても、それは確かに、あの時の表情だった。
「三条さんっ! 答えてくださいっ!」
 柚実の詰問に、ようやく、三条は口を開いた。
「奴が名乗っている『相田一裕』は、元々、俺の名前だ。ギルがそう名乗るように指示した。その命令を下した現場にいたのは、俺と木伏さんだけだ。木伏さんが奴を君の兄貴だとわかっているかは知らない。弥彦は同期だというから、知っているだろう。弥彦の話だと、アキオさんも別ルートから知っていたみたいだ」
「やっぱり、知らなかったのは私だけですか! ほとんどみんな知ってたって事じゃないですか!」
「知らせたくなかった、という方が正しいだろうな」
 事実だろう。
 柚実自身も信じたくない。自分の想い描いていた〈特務〉の兄が、あんな風に人を人とは思わぬ人物とは信じたくない。
 それでも、除け者にされていた事実がある。
「どうして?」
「君を守りたかった。おそらく、みんなそうだ」
「守る?」
 思わず鼻で笑う柚実だ。
「みんなみんな、私の事を子供扱いして、結局、何も変わらないじゃないですか! 私を守ってるなら、どうして私がこんな辛い目に遭わなきゃならないんですか! どうして、自分の事も全然わかんなくて、将来どうすればいいのかもわかんなくて、友達も先生も、みんないなくなったばっかりなのに、後輩を殺しちゃったって思わなきゃならないんですか! 守ってるつもりなら、どうしてちゃんと守ってくれなかったんですか!」
 『相田一裕』が、佐々木和政。つまり、実の兄。
 双子の兄。自分の為に〈軍部〉に、そして〈特務〉に行った優秀な兄。
 自分が何も知らない間に、過酷なテロの現場をくぐり抜け、自分を救い出した兄。
 怒るはずだ。
 自分が想像していた以上に、怒っていたはずだ。
 両親を亡くした現場を覚えておらず、平和ぼけして、普通に生きることもできずに結局〈特務〉にやってきた、素人の妹。
 兄は何の為に〈特務〉に行ったのか。
 〈E.A.S.T.s〉への復讐だろう。その為に〈特務〉を目指すほどの訓練を積んだのだ。
 ならば、自分は――偶然、〈特務〉に行き着いた自分は、赤の他人がやってくる以上に忌々しい出来事に違いない。
 当然、彼すら、実の兄すら、柚実を守ってくれなかった。むしろ、死を覚悟した柚実を傍観しようとしていた。
 いや、それこそが、彼なりの優しさだったのか。
 三条の言葉が偽善にしか聞こえない以上、一裕=和政の言動の方が、よっぽど信頼できる。
『〈特務〉ならできる』
『できないなら、死ね』
 その通りだ。一裕=和政の言うとおりだ。
 彼は敵じゃなかった。むしろ味方だった。柚実の欲しい現実を見せてくれる味方だったのだ。
「みんな、みんな……何もしてくれないクセに、そんな大事なことばっかり、大いばりで隠して!」
 だが、その一裕=和政が自分に向ける目はどうだ
 あの蔑みしか浮かばない――それすらないかもしれない目はなんだ?
 嘘つき共は、あの目から守ろうとしたのか?
 守るなんて言葉ではどうでも言える。黙っているだけならいくらでもできる。
 三条たちは、柚実から真実を隠したからといって、一裕=和政の悪意を防げるとでも思ったのか? それだけで自分たちの役目は果たしていたとでも思っていたのか?
 ならばどうして柚実は、こんなに悔しい思いをしなければならなかったのか?
「守る? 私一人も、誰も守れなかったじゃないですか! それなのに、〈特務〉になったばかりの私が、他の誰かを守れるはずないでしょ? 誰もできないくせに、私にばかりやれっておかしいでしょ?」
 コージが思わず袖を引くほど、三条に向かって身を乗り出して叫んでいた。
「何が〈赤目のフリーク〉、何が〈フィストドライブ〉、何が〈現代の錬金術師〉、何が〈西方協会の魔術師〉! 大人が揃いも揃って、私一人を馬鹿にして! からかって! 嘘ばっかり、全部全部、どいつもこいつも、嘘つき!」
 柚実は吼えた。言葉にすらならなくなり、ただ本能のままに、大声を出すことに専念した。
 コージが肩を掴んだが、ふりほどいた。
 どうしたいのかもわからず、道端でただひたすら大声を上げた。
「誰も助けてくれない! 誰も、誰も、みんな、私の事なんか、どうでもいいんでしょっ! 嘘つき! みんな大っ嫌いっ! 嫌い嫌い嫌い嫌い!」
 吼えながら、気づいてしまった事実を胸に押さえこんでおけずに、更に吼えた。
「私も、私もみんなと一緒だ! 助ける助けるって言ってたのに、美雪を助けられなかった! 助けられなかった!」
 コウジが何かいいながらしがみついてきた。柚実はそれを振りほどこうと、がむしゃらに身を捻る。
「邪魔、どいてよ、邪魔だって!」
 触れられている場所を、手で覆うイメージ。冷たい、金属のイメージ。
 コウジの小さな悲鳴が聞こえた気がした。そして自由になった自分の体の周囲に、ギルの銀のカードが出現していた。
 身をかばうために、能力を発動しようとした意志に反応して、ポケットに入れておいたカードが動き出したのだろう。ポケット内のカードそのものは動かなかったが、柚実の意志を受けて動き出す銀のカードは、どういう原理か何枚にも増加する代物だ。複製が柚実の体の周りを衛星のように取り囲み、コウジを寄せ付けない。
 ほっとしたのもつかの間、周囲にあったカードが一瞬で、全て、砕け散っていた。
 息をのむ間もなく、柚実は自分の両の頬を両手で挟み込まれる。
 見開かれた、朱い目が柚実の視界を覆う。巨大化していない眼球でも、それは十分に〈赤目〉の力を秘めていた。
「俺たちの事を嫌いになるのは構わない」
 三条の手が柚実の動きを封じていた。彼の拳が、柚実には確認できないほどの早さでカードを砕いたのであろうことが、ぼんやりと認識できた。同時に、自分の能力そのものではない銀のカードを砕かれてもさほど痛くはないのだな――『銀の壁』が砕かれた時にはあんなに痛かったのに――と、他人事のように思った。
「俺たちは君をだましていた。ギルも俺も、おそらく木伏さんも弥彦も、和政自身も、騙すことに納得した。君が怒って恨むのも仕方ない。でもコージは君と同じだ、今、初めて知った。そして俺たちの中で一番君を心配している。俺たちに謝らなくてもいい、でもコージには謝ってくれ」
 低く、軋るような声。それは三条の声とは到底思えなかった。そう、〈赤目〉の声だった。
「……そうやって、力ずくで押さえつければ納得させられると思ってるんですか?」
「思ってはいない。君がコージを傷つける可能性があったから、力ずくでやるしかなかった」
「私が? 私なんて、なんの力もないでしょ! だから美雪も殺しちゃったんでしょ!」
「だったらあの時、装甲車の周りに転がってた〈フリーク〉はなんだ? 君以外、誰がやったっていうんだ」
「あの時は必死だった! でも今は違う――」
「違わない。銀のカードも『銀色の壁』も、コージを切り刻む力に成りうる。無自覚なのは君だけだ」
 ふと。
 昨夜のアーガイルを思い出した。夕食に誘ってきたアーガイルを殺したいとすら思って、『銀色の壁』で〈本庁〉の門柱へ押しつけ続けたことを。
 それを止めに入った一裕=和政のことを。

『あんな奴の為に、人殺しになる必要はない』
 今だって殺そうとなんてしてません!
『嘘をつくな』

 一裕=和政は気づいていた。『銀色の壁』がシンプルであるが故に、どのようにも使える能力であることを。
 自分の力は、他人を殺せるということも。
 そして三条も気づいている。そう、無自覚なのは柚実だけだったのかもしれない。
――本当に、自分は何も知らない。
 自覚させられたなら、もう、黙るしかない。
 三条は言葉を打ち切った柚実にむかい、更に朱い目を近づける。
「君を騙していたことは謝る。俺たちを信じられなくなるのも無理はない。だけど、君を支えようとしているコージまで一緒にしないでくれ」
 そこでようやく、三条は柚実の頬から手を離す。
――子供だ。
 まるで子供に対する扱いそのものだ。
 情けなさが、柚実の唇を突き動かす。
「謝るって……三条さんから、きちんと謝罪の言葉を聞いてないんですけど」
 自分の口から飛び出した刺々しい言葉に柚実自身が驚いた。
 甘えという言葉も浮かんだが、もう取り返しがつかないこともわかっていた。
 三条は驚いたように瞬きを繰り返し、すぐに真顔になる。
「三条さん!」
 コージの制止が飛んだが、三条はゆっくりと、柚実が先日アキオに教えられたばかりの、〈特務〉式の深々と頭を垂れる謝罪の姿勢をとった。
「……すまなかった」
「口だけじゃないですか」
 情けなかった。自分も、自分の言葉を否定せずに謝罪する三条も。
 何よりも、望んでもいない謝罪を要求してしまった自分が、それ以上の望みなんてないのに更なる謝罪を要求する自分の無意識が情けなかった。
「ちょっと! 二人ともいい加減にしろよ!」
 コージの厳しい一言に、心の底からホッとした自分が、情けなかった。
「今は仕事中だろ? 仲間割れしてる場合じゃないじゃん!」
 何度も自分の額を、手のひらでガムシャラに擦った。目を擦っているのかと思ったが、苛立ちを紛らわしているだけのようだ。
「二人とも……がっかりさせないでよ。俺、二人の事、本気で尊敬してるんだよ、マジだよ! 二人とも凄い能力者でしょ? 三条さんは〈フリーク〉をやっつけられるし、柚実ちゃんは素人同然なのに、もう何体も〈フリーク〉を倒してる。なのにその二人が、嘘だの謝れだの喚いてて……それって、今、どうしてもやらなきゃ成らないこと? 柚実ちゃんの兄貴が一裕さんだったことって、そんなに大騒ぎしなきゃならないこと? 一裕さんって、そんなに悪い人? 昨日なんて、絡んできたアーガイルから助けてくれたのに? それに、黙っているように最初に決めたのはギルさんなんでしょ? 隊長の命令なら仕方ないでしょ? なんで三条さんが謝らなきゃならないの? おかしいでしょ? なんでそんなにこだわらなきゃならないわけよ?」
 矢継ぎ早に繰り出される言葉に、三条共々あっけにとられる柚実だ。
「俺、頭悪いからわかんないけど、柚実ちゃんってきっと、考え過ぎなんだよ。わからないならわからないで、言われた事を全力でやればいいじゃない。間違ったら誰かのせいにしちゃっていいじゃない。それが間違ってるかどうかなんて、〈フリーク〉は考えちゃくれないよ? 少なくとも、これの全部が終わってからで良いじゃない? 柚実ちゃんが大変なのはわかるよ? ウチの小隊と合流してからずっと、色々考えて、ホッとして、また考えて、またホッとして、そしてこんな風にたまに突然怒り出して、不安なのはわかるよ? だけど、だからって何でもやりたい放題なのは違うでしょ? 三条さんだってそうですよ、柚実ちゃんが我が儘言ってるのわかってるクセに、黙って言いなりになって。それで柚実ちゃんが嬉しいと思います? 逆に嫌がってるの、わかりません? 何か言ったかと思えば、落ち着いてた柚実ちゃんを混乱させることばっかりで。おかしいでしょ? 良い大人なら、もっと俺たちを安心させてくださいよ。三条さんは凄い人なんだから、もっと凄いところを見せてくださいよ! あの『本庁の妖怪』で『現代の錬金術師』が選んだ人なんですよ、二人とも! ケネス隊長がビビるぐらいの凄いところを見せてくださいよ!」
 今まで黙っていた分を一気に吐き出すように語り出したコージの額は、ずっと手のひらで強く擦り続けられたせいで真っ赤に腫れ上がってくるほどだった。
 もし、その時に木伏とケネスから立て続けに連絡が入らなければ、それこそケネス達と合流するまで延々と語り続けていたのだろう。
 二人からの連絡は、至急本庁の地下八階にあるギルの部屋へ集合すること――つまり、ギル特務小隊とケネス小隊の合同ミーティングが行われる事についての連絡だった。








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